火星先輩
肩の力を抜いてさらっと読んでいただければ
私はチキュウを作れと言われた。
誰にって?無論カミサマだ。
太陽系チームに配属された私はさっそく、原子を集めてギュウギュウし始めた。正直に言えばアンドロメダ銀河とかチェーン銀河団とかもうちょっとカッコイイ名前のところに配属されたかった。
原子に怨念と苛立ちを込めつつ執拗にギュウギュウしていると隣で作業しているほとんど同期に近い先輩が何やら複雑怪奇な星を作っていた。他の同僚たちはシンプルかつ美しい星をつくっているのに対し、先輩の化学式は見ていてイライラするほど複雑だった。川を作り、水を作り、生命を作った。出来上がっていく様子を見ていると先輩はどや顔で言った。
『どうだ、イラつくぐらいに複雑だろ?』
私はむしろ、星の複雑さではなく、先輩のどや顔にイラついて負けじと複雑な構成を作り始めた。
私がギュウギュウしすぎてどろどろに溶けたマグマの海にたまっていた鉄をせっせと奥へ押し込み、岩石の成分を表面にもってきた。鉄と岩石が分離するように遠心分離機にかけて、表面をふーふーして冷ました。水素と酸素をこれでもかと結びつけて、味付けに塩を高い所から振りかけた。そうしてようやく海ができた。これではまだ、先輩よりも単純なつくりだ。
『おお、面白いのつくってんじゃん。』
妙に上から目線の先輩をぎっとにらみながら、面倒なシアノバクテリアをつくった。よし、これで酸素ができる。そうしたら、シアノバクテリアを泥と交互に重ねて層状の泥団子を無数につくった。
『泥団子?意外とかわいいものつくるねぇ』
先輩は複雑怪奇な自分のつくった星をマメに管理していた。相当面倒らしいが、突拍子もないことをする割に真面目な先輩はちょこちょこいじりながら面倒を見ていた。
先輩がそんな風に日々のメンテナンスに追われている間、私の星は急進的に複雑化した。ふと、目を離したら全面凍っていてあわてて暖めると、生命が生まれた。私はニマニマしながら見ていたのだが、先輩が
『だーれだ』
という、どうでもいいことをしてきて目を離した隙にキョウリュウが生まれていた。私は先輩を恨んだ。どうして突然かまちょになったんだ。
そうこうしているうちに、二足歩行の妙な生き物が生まれた。どうやら知能があるらしい。瞬きしたら次の瞬間には空を飛ぶ道具を作っていた。凄まじいスピードだ。
『ねえ』
『…なんですか』
先輩は相変わらずかまちょのままだ。でも、私は目を離せないから先輩の方は見ずに返事をした。
『なーんかさ、もうめんどくさくなっちゃったよ』
『?』
あんなに複雑で面倒くさい星を管理していた先輩がそんなことを言うとは意外に思って、思わず先輩を見た。すると、そこにあったはずの先輩の作った複雑怪奇な前衛アートじみた星は、すっかり枯れて赤茶けた星になっていた。
『どうして』
『んー、飽きちゃった?』
何故か疑問形で答えた先輩は首をかしげて見せた。
『こんどはさ、もっとウチュウのはじっこのほうの出来立てほやほやの所を担当するんだ。』
できたら、一緒にやらないか?
先輩は私にそう尋ねた。何やら複雑怪奇なものを作り出す私の芸術性に可能性を見いだしたらしい。
『新しい銀河団の名前、つけていいって言われてるんだ。君好みのスタイリッシュかつモダンな名前をつけてさ、一緒にやらないか?』
先輩の目は複雑怪奇なあの星を作っていたときのようにキラキラしている。ちらりとチキュウを見ると大爆発が起きていた。ちょっと放置するとこれだ。
『ダメかな?』
私はなかなか答えを出せない。
チキュウのヒトビトは先輩が放り出した星に「第二のチキュウか?!」といいながら移動している。そこには荒廃しか残されていないのに。
先輩の話している間に随分と環境のバランスの崩れてしまったチキュウを見ながら私はまだ答えあぐねている。
ヒトビトにとって、私が先輩を慕うことは案外悪なのかもしれない。
お読みいただきありがとうございます。
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