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伝説のヒメチャン




「やぁ、っっっと、着いたぁ……」


 安堵で腰が抜けそうになる。完全に杖に体重を預けて、ヒメリは交易都市ラトオリに続く橋の入り口で立ち止まった。


「そこでへばんな。橋を越えてもしばらく街ん中歩かなきゃいけねえんだから」


「むぅ。ちゅめたい……」


 頬を膨らませて文句を零しつつも、ヒメリはクロノの背を追う。


 大仰に大きく息をついたものの、実際はクロノと出会ってからそれほど歩いてはいなかった。


 実はあのビヨンドがいた場所はラトオリからそう離れた場所ではなく、あそこより先は他にアグロしてくるモンスターもいない。


 ビヨンドさえいなければ遅かれ早かれヒメリはラトオリに到着していたわけだ。そのためどうやらクロノはヒメリを一人にしても問題ないと判断して去ろうとしたらしい。


 とはいえ、初めての場所で心細かったのは確か。街まで案内してもらう代わりに、置き去りにされそうになったことはそれでチャラにしてあげることにした。


 ラトオリは、木造や煉瓦造りの建物が所狭しと並ぶ中世のヨーロッパのような雰囲気のある四方を小さな河川に囲まれた商業都市だ。


 ゴシック調の美麗な橋を渡り、大聖堂でも出てきそうな壮大な門を抜けると、そこにはヒメリが待ち焦がれていた光景が広がっていた。


「わぁーっ」


 これまでウルスラインで最初の街ウェスナしか知らなかったヒメリは、眼前に拡がる真新しい景色に目を輝かせた。


「ウェスナは自然が多くて幻想的だったけど、ラトオリは中世の人工物って感じで真逆なんですね! わたしはどっちも好きだなあ」


 煉瓦で舗装された道路には、この世界で馬の代わりに利用されている巨大な角を持つ鹿、エイクスニュルニル種の角に軛を繋ぎ、馬車のように牽引させた車両が走り回っている。元は蚤の市のようなプレイヤー主体のバザー会場が設けられている街で、お目当ての品物を探し回る人たちの往来も多い。


 ウェスナは自然が多い環境のせいもあってかどこか静けさに包まれたような場所だったが、ここは人間の生の活気に溢れている。ひと目でヒメリはこの街を気に入っていた。


 行き交う人を視線で追うように街の景観を楽しんでいたら、後ろからクロノに声をかけられた。


「おい、めり子」


「め、めりこ……?」



「ひめちゃんって呼ばれたくないんだろ。だからめり子だ、めり子」


「なんか、めりこんでるみたいな……っていうか普通にヒメリでいいじゃないですか。もしくは苗字の河井さんとか」


「姫って言葉を含んだ名前は呼びたくない。俺が従者だと思われる。苗字もだめだ。俺が人を『可愛いさん』とか呼んでるところを見られたくない」


「こじらせすぎてません?」


 一体彼の過去にひめちゃんと何があったのか。非常に気になるところではあったが。


「とにかく、お前はめり子だ」


「めり子……」


 ずううぅぅん。と沈んだヒメリ。


 クロノは気にせず自分の背後に続く道の奥を親指を立てて指し示した。


「生活費が必要なんだろ。ここには仕事を紹介してくれるギルドリーグって施設があるから、そこいくぞ」


「あっ、はいっ」


 返事も待たず歩き出したクロノの背中を追って、小走りで駆け寄るヒメリ。森の中で頼んだのは街までの案内だけだったのだが、彼はどこかに連れていってくれるつもりらしい。


 小さな広場に差し掛かったとき、ふと、騒がしさが耳についた。


「あ、広場の方でなんか人集りが……」


「アリス姫!」


 広場の真ん中で突然叫びだした男は、目当ての人物の前で跪く。プロポーズでもするかのように花束を掲げ、真剣な瞳で見上げていた。


 突然始まったどこぞの誰かの公開プロポーズ。それだけでも注目するのは致し方ないと思うのだが、ヒメリはここ一時間の間にやたらと耳についたその単語に反応した。


「ひ、ひめ?」


「ああ、あの人か」


「知ってるんですか?」


 クロノは知った顔で広場の中心で男から花束を向けられ注目の的となっているその人物を指さして言った。


「いいか。よく見とけ。あれがhimechanと従者ってやつだ」


「一応言っておきますけれど、わたしは違いますからね」


 というか、そもそも。


「あの人、男の人では?」


 花束を向けられているのは、クロノよりも頭一つ分は背が高く、筋骨隆々という形容がぴたりと当てはまるほどに体格がいい。なにより、爽やかで優美な銀髪を整えてはいるのだが、それと同じ色の毛が顎まわりにもびっしりと生えている。姫というよりも渋ダンディとかの言葉の方が似合いそうな風貌だ。


 当然の疑問に、うむ、とクロノは躊躇いなく頷く。


「あの人はすごいんだぞ。なんせ大厄震の前からずっとあの姿だからな。なのに従者が二十人くらいいるんだ。伝説のhimechanと言っても過言ではない」


「もう一回言いますけど、わたしは違いますからね!」


 人垣を避けるように脇の通りに突き進むクロノに渋々付き従い、ヒメリも通りに足を踏み入れた。そのとき、ふいに背中側から風が吹いてきて数枚の花びらが視界に飛び込んできた。どこぞの誰かのプロポーズは撃沈したようである。







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