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少女の名は




「あー、つまり、どこのリーグも誘ってくるどころか、入団申請すら断られると?」


「はいぃ。なんででしょうか……」


 気絶から目覚めると、そこにはまだクロノがいた。彼もさすがに見捨てるのは忍びないと思ってくれたのかもしれない。



 彼の用意してくれたさっきの羊から得た肉の料理とお茶を飲みながら、もののついでにそんな相談をしてみたのだった。


「すみません。助けていただいた上に、こんな相談までのってもらっちゃって……」


 羊の肉をサンドしたパンをはみはみしながら、少女はぽつぽつと話す。


「レベルが低いからなのかなって思ったけど、他にも低レベルの人はいっぱいいてその人たちは普通に誘われてリーグに入ってるし」


 はあ、と溜息。


治療師(ヒーラー)が不足しているって噂があったのに、わたしだけが余ってるし」


 はあ、とも一つ。


「ほんと、理由がわかんないですよね……」


 深い溜息を合間合間に挟みながら話していると、黙って聞いていたクロノが立ち上がって指を突きつけてくる。


「理由はお前の名前だ! 名前!」


「えっ、名前? 私の名前は河井ヒメリ、ですけど。どこか変ですか?」


 と少女、ヒメリは彼の言葉の意味がわからずぽかんと見上げた。


 ワールドワイドのVRMMOであるため、サーバーは日本にあるにも関わらず、オーグアイに載る名前に漢字は使えずアルファベット表記になる。そのため、日本人でも名前・名字の順で登録するプレイヤーが多い。


 つまりオーグアイ上の表記はこうなる。


「いいか。お前の名前はHime Kawaiiに見えるんだよ!」


「わたしの名前はHimeri Kawaiです!」


「似てんだろ!」


「似てません!」


 大厄震以後の二か月の時点で、世間はヒメリには想像もつかない事態になっていたことを、彼女はまだ知らない。


 ログアウトできなくなり、個人個人の信用度がより重要視されるようになった結果、リーグの運営の中である傾向が顕著になった。


 それは、himechanの忌避である。


 俗にリーグクラッシャーと呼ばれるその存在は、リーグ内の人間関係を、特に異性に飢えた男たちを引っ掻きまわしては次のコミュニティに移るという魔性の存在だった。


 そういう方々は往々にして名前に姫とかつける傾向にある。と後に語るのは、クロノの偏見まみれの見解だ。


 ともあれ、それはいわゆる地雷ネームと謂われるものであり、オーグアイでプレイヤー情報を見られた瞬間に、「あっ、あー……」と思われることうけあいなのであった。


「そ、そんな理由でリーグに入れなかったんですか、わたし……」


 昨今のリーグ勧誘事情を彼から聞いて、ヒメリは呆れと絶望が入り交じった感情で肩を落とす。


「Himechan扱いが嫌ならなんで自分のキャラそんな名前にしたんだよ。オンゲーでそれはある意味自殺行為だぞ」


「そんな名前って、失礼すぎません? だって、この名前、本名ですし……」


 言うと、クロノは見るからに顔を顰めてきた。


「はあぁぁぁ? ほんみょおぉぉ? お前ネットリテラシーねえのかよ。誰かに簡単に自分の家の住所とか特定されたりするんだからな? そういう怖さ知らねえだろ。経験ないから。俺はありますぅうう。リアルのこと何も話してないけど仲良くしてたリーグのメンバーからいきなり家に大量の古い同人誌と新品の大人の筒が送られてきて中にメモで『中学生はこれ使っとけ♡』って書かれてたんだからな! 怖いだろ!」


「お、大人の筒? ど、どーじん? ……ってなんですか?」


「そこからかよおおお」


 頭を抱え始めるクロノに、ヒメリは冷静に疑問をぶつける。


「でも、そのエピソードと本名と何の関係があるんですか?」


 言われて、クロノはきょとんと真顔になる。


「そういえば、ないな」


「殴っていいですか?」


「ふっ。だが大義としてはそういうことだ」


「っていうかそれでさっきわたしをオーグアイで見た後によそよそしくなったんですね……」


 助けてくれたのは心底有り難いのだが、名前を見て逃げられたのでは素直に喜べない。 


「ともあれそういう訳だ。自分のアバターに本名をつけるようなリテラシーのないやつと同人誌も知らないようなやつと名前にヒメとかつけるやつには関わりたくない。またな」


 そう言って立ち上がりかけたクロノに、ヒメリは咄嗟に杖を伸ばした。ヒーラーの初期装備の杖は上部がフック状になっている。そこにクロノの首がすっぽりはまりこんだ。


「待って! 食べます! どーじんも食べますから! 置いていかないでえええ!」


「おまっ、ちょっ、く、首っ!」


 ヒメリの無意識の絞め技が決まり、今度はクロノが泡を吹きかける。




 二人の出会いは、おおむねそんな感じだった。






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