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勝利




影身転進(シャドウ・リープ)


 スピカが彼女の頭上に光の盾を出現させたのとほぼ同時に、クロノもまたスキルを発動させていた。その直後、一瞬の間にクロノの肉体が影に沈む。


 そして、消えたと同時にクロノは再度姿を現す。ただしその場所は、カリストのわずか数十センチ手前。


 クロノが使用したスキルは、自身の位置を瞬時に変える縮地スキルの一種だ。自分の位置を、自分の影の範囲の任意の場所へ一瞬のうちに移動させる。 


 スピカはクロノへの攻撃を防ぐためにスキルを使ったのではなかった。


 目的はクロノの影を伸ばすことのただ一点。


 クロノの影をカリストに届かせるためだけに、光り輝く盾を自分の頭上に作り出し、彼を強く照らしたのだ。次に何のスキルを使うかもわからないような素早い連携を、二人は信頼だけで成り立たせた。


 その疾さに驚愕したのはカリストだ。


「な――、なんでスキル使ったばかりのお前の方がっ!?」


「威力ばっか上げすぎだ」


「てめえぇっ、ほっぺ――っ!」


 カリストのスキルが発動するまさに直前、瞬間的に移動し距離を詰めたクロノの右拳が、カリストの頬に突き刺さっていた。


 スキルによる勢いのついた身体移動、そして彼のもともとのこの世界で強化された腕力で、カリストの身体を容易に吹き飛ばしていた。


 宙を一直線に飛んだカリストの身体は、地面に墜ちても勢いを止めず、壁の端までいってようやく止まった。


 ずるりと、カリストは項垂れ動かない。完全に意識を失い気絶していた。


 白目を剥いたカリストに近づき静かに見下ろして、クロノは悲しげに語りかけた。


「お前がリーグから盗んだときから、予感はしてたんだ。いつか決着をつけるとしたら、こんなやり方しかないだろうな、ってな――」


 そう言い残し、クロノは外套を翻しカリストに背を向ける。


「あとそれから……俺の昔の名前を気安く呼ぶな。呼んでいいのは仲間たちだけだ――」


 一度振り返ってから、また足を進める。


「あと、えっと……手痛い出費だったが、お前との決着になら惜しくねーって思ったぜ――」


 二、三歩進んで、また足を止めて、振り返る。


「ついでに――」


「クロノさん、もう決めゼリフはいいんで」


「えー、まだ言いたいことあんだけど」


 残念そうに文句を零しつつ、クロノはスピカから拘束具を受け取るとカリストの身体を縛っていく。


 彼の周囲を見渡すと、数え切れないほどの金属質の残骸が転がっていた。全てクロノが一人で壊した〈地脈の龍〉から生み出された龍の破片だ。


 改めてその数にぞっとする。カリストが倒れたとはいえ、また地面から龍が生えてきそうでヒメリは杖の構えを解けなかった。その前を、スピカも警戒しながら進んでいく。


「壊れた、んですか?」


 スピカが確かめるように宝玉の欠片に触れると、それは指先だけでパキンと砕け散る。


「ああ。完全にな。もう心配はいらない。作戦完了だ」


「おわったぁぁ~」


 杖にしがみついて地面にへたり込んだ瞬間だった。頬を暖かい何かが勝手に流れて止まらない。ヒメリはぼろぼろ泣き出していた。


「あ、あれっ?」


「ヒメリ? 大丈夫か?」


「おかしいな。なんか安心したら」


 駆け寄ってきたスピカの手を握ったら、余計に涙が止まらなくなった。


「ご、ごめんなさ――うぇ」


 泣き止まないヒメリにスピカも焦ったようで、助けを求めるようにクロノに顔を向けた。


「ほら、ソウタも何か褒めてやれ。ヒメリはよく頑張っただろう?」


「え? 俺? 何言えばいいんだ?」


「はぁ。昔から人を褒めるのが下手だな、ソウタは。すまないな、ヒメリ。ソウタはいつもこうなんだ」


 スピカに頭を撫でられながら、ヒメリは「そんなことないんです」と首を振る。


 ヒメリは伝えたかった。言葉をかけたいのは自分の方だと。あなたたちのおかげなんだと。


 スピカはヒメリに傷ひとつ負わせなかったし、クロノは相手の攻撃を一身に受けながらも、無事に生還した。褒められるべきは二人の方で、自分なんかじゃない。


 何より、二人が無事だった。それが嬉しいんだって。


 そう伝えたいのに、口が震えて言葉にならない。余計にスピカが焦ってクロノをせっつく。


 クロノも本当に人を褒めるのが苦手なのだろう。それでも彼は困ったように指先で頬を掻きながら「あー……」と視線を泳がせて何やら考えた挙げ句、


「まあ、よくやったな。めり子」


「……はい!」


 絞り出した彼の言葉はシンプルで名前の呼び方も変わらないままだけど、ヒメリはそれが彼の他の仲間、スピカやアリスたちへ向けるものと変わらないとわかって、満足げに返事をした。


 一緒に頑張った仲間にかける言葉は、そんなもので十分なんだってわかったのだ。








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