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三人の結束




 クロノの無茶な策を悟ったスピカが身を乗り出して叫ぶ。


「ソウタ、馬鹿なことを考えるな! 危険すぎる!」


「あの龍は無数だが、一匹の威力はそこまで高くない。それを使えば強化されためり子の回復魔法なら俺があの攻撃を耐えながら攻勢に転じるくらいの回復ができる。パワー系じゃなくて物量戦なのが幸いしたな。スピカはめり子の魔法があいつに中断されないように守ってやってくれ。あいつは絶対めり子を狙ってくる」


「駄目だ! 前に出るなら、盾役(タンク)のわたしが――」


 迫るスピカを手で制して、クロノは告げる。


「言っただろ。スピカじゃあいつには決め手に欠ける。俺とお前が突っ込んでる間に、めり子が狙われたら余計不利になる。これしか方法はない」


「ならわたしが使う! それでポートゲートでみんなで逃げよう! それならいいだろう!?」


「そうしたら、みすみすあいつを逃がすことになる。街で一度暴れ始めたあいつが、次はどこで箍が外れるかわからない。俺たちは逃げるべきじゃない」


「でもっ!」


 声を荒げたスピカのまなじりには、涙すら浮かんで。


「またあのときみたいに、ソウタだけ行かせるのは、もういやだ――」


「スピカちゃん……」


 クロノの袖を掴んで離さないスピカの表情に、ヒメリは胸が締め付けられるような思いを感じた。二人の過去に何があったのかはわからない。けれど、スピカのクロノの身を案じる想いだけは、疑いようがなかった。


 ごくり、とヒメリは喉を鳴らし、手元の薬を見下ろした。


 まさか、自分がそんな重要な役目を任されるとは。


 クロノが言い出した作戦は、正直無茶苦茶で無謀でやけっぱちだとしか言い様がない。


 ハルカの言葉が脳裏に浮かんで突き刺さる。


 ―― 人と向き合わず逃げ続ける彼の言うことを、信じ切ることができますか?


 レベルが十にも満たない治療師に、しかも散々魔法の使い方がなってないと馬鹿にしていたのに、下手をすれば死ぬかもしれないような大事なことを託す人間がいるだろうか。


 彼はもしや、回復魔法を受けている間に戦線から一人で離脱し、自分を置き去りにするつもりなんじゃないだろうか。そして彼はそのまま姿を眩まし、逃げるだろう。名前は変えられずとも、この広い世界には彼を知らない人間がいる場所など山ほどある。


 嫌になるほど浮かんでくる最悪の想定が、ヒメリの判断を鈍らせていた。


 だって、自信がない。


 わたしはあなたたちの十分の一しかレベルが上がっていないんですよ。


 無理だ、こんなの。


 どうしてわたしにそんなに大事なことを委ねるの?



 ヒメリちゃん――



 自分を呼びかける声が聞こえたような気がして、ハッとした。


 そうだ。ハルカにはあんなことを言い返しておきながら、自分が一番彼のことを信じていないじゃないか。疑心暗鬼に苛まれて、冷静になれていないのは自分の方だった。


 わたしが信じなきゃ。もう二度と、アキのような人を失うわけにはいかないのだから。


 ヒメリは顔を上げて、彼に告げる。


「クロノさん。スピカちゃんを安心させてあげてください」


「おま、こんなときにそんな悠長な……」


「そうしてくれたら、わたしはやります。自信はないですけど、ふたりが信じてくれるなら」


 杖を強く握り直して、ヒメリは真っ直ぐクロノの赤い目を見据える。


「でも、それにはスピカちゃんからの信頼も絶対条件です。こんなに不安がっている女の子放っておいて、ひとりで突撃しようなんてそんな無責任なこと、わたしは許しません」


 ヒメリの真剣な威圧に気圧されたか、クロノはわずかにたじろぐ。


「つったって俺は何をすればいいんだよ」


「答えてくれ」


 スピカもまたその透き通る眼でクロノを見据える。その目に涙はもう浮かんでいなかった。


「ああ……わかった」


「もう絶対にわたしの前から勝手にいなくなったりしないか?」


「……あー、善処する」


「絶対、無事に戻ってくるって、約束するか?」


「……約束する。それは必ず」


「――勝てるんだな?」


「ああ、勝てる」


 クロノの返事に、スピカは数秒、唇を噛み締めていたが、


「わかった。盾役(タンク)としての矜恃をかけて、ヒメリを守ろう」


 力強く、そう言い切った。


「頼んだ。じゃあ、準備はいいな? めり子」


「は、はいっ」


「あいつがもう一度反対側を向いたら作戦開始だ。虚を突いて俺が飛び出すと同時に回復し続けろ。――いくぞ。〈地脈の龍〉はここで破壊する」






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