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2か月後




 ――異変より二ヶ月後、とある森の中。



「うう、お腹空きましたよぅ……」


 樫の木の魔導師の杖を足にして、森の中を頼りなく歩く少女が独り言ちる。


 種族はヒューマン。肩に左右二つのおさげをちょろりと垂らし、ぶかぶかの治療師のローブを着込んだ少女は、腹の音を盛大に鳴らしながら一歩一歩前に進んでいった。


「やっぱり無理してラトオリまで行こうとしたのは間違いだったのかなぁ……」


 一人で深い森の中を歩き続けるのは寂しくて、独り言も大分増えてしまった。


「でもウェスナじゃもうリーグに入れなさそうだし……」


 寂しさを紛らわすためだったのに、自分が直面している現実を再確認しているようで、さらに気分が重くなってしまう。


「なんで誰もわたしをリーグに入れてくれないんだろう……」


 言ってたら悲しくなってきて、まなじりに涙まで浮かんできた。


 ログアウトできなくなってから早二か月。


 環境に馴染み始めたプレイヤーたちは、自分の生活を維持するためにリーグ活動に一層力を入れていくようになった。


 ソロで生きていくことも可能ではあるが、それはあくまで自分の実力に自信のある一定層のプレイヤーたちだけだ。一人ではできることも限られる。


 攻略組でなくても集団で生活することはもはや必須になってきている。だというのに、異変前はあれだけ激しかった勧誘の声が懐かしくなってくるほどに、少女はどこのリーグとも縁を結べなかった。


 その理由が少女にはてんでわからない。アバターは素朴だが口調は丁寧なつもりだし、誰かと諍いを抱えたこともないし、ロールは常に需要があると聞いたヒーラーなのに。


 誘われていくのは周りのプレイヤーたちばっかりで、いつも最後に少女だけが残る。


「もー! なんでなのよー!」


 誰も聞いていないと思って、少女はやけっぱちに叫ぶ。


 そろそろソロで生活していくのも限界だ。


 ゲームを開始してプレイヤーたちが初めて降り立つ街ウェスナではもうリーグに入れないと考えた少女は、第二の街と呼ばれるラトオリを目指して深い森を歩いて進んでいた。


 しかし冒険慣れしていない少女の見立てが甘かった。


 ウェスナ周辺ではなんとか狩れていた最弱モンスターも、森を進むにつれて強くなっていき、今では遠目に見かけた時点で遠回りして避けるようにしている。まさか最初の街から隣街に行くのにこれほどモンスターが強化されるとは思わなかったのだ。


 そんな進み方をしている内に、道に迷って帰り方もわからなくなった。


「あゔー、もうご飯ないよぅ。そのへんの草を食べるしか――」


 ログアウトできなくなって以後も便利にお世話になっていた出し入れ自由の異次元インベントリは既に空っぽだ。


 ゲームの中なのにお腹が空いて、何か食べれば満たされる。おかしな話だと思いながらも涙目で食べられそうなめぼしいものを探すように、少女が視線を木々の奥へ向けたときだった。


 ガサリ、と草を踏み潰す音がいやに鮮明に聞こえた。


「えぁ」


 間抜けな声で音の出所に向かって振り向く。


 木々の間から縫うように出てきたのは、ウェスナ周辺でも見慣れた豚と山羊を掛け合わせたような獣型モンスター、ポークラック。


 本来、ポークラックは序盤のモンスターで、通常の大人しい性質のポークラック系統モンスターはアグロしてこない。


 だが目の前のポークラックは明らかに様相が異なっている。目は血走り全身に黒いオーラ状のエフェクトを纏い、背中から煙りのように立ち上らせている。


「あれは、ビヨンド……!?」


 ビヨンドモンスター〈黒〉


 モンスター種の中から稀に出現する特殊個体の一種であり、その強さは周囲の通常モンスターとレベルは同じであっても実質のステータス値が数倍も異なってくる。


 ビヨンドモンスターにも種類がありそれぞれが異なる生態を持っているが、中でも黒は最も攻撃的で凶暴な種類に分類されるものだ。


 知識で厄介な相手だとは知っていたが、目にするのは初めてだ。どこに出てくるのかもまるで知りようもなかった。


 次の街ラトオリに向けて歩いていた道。そこから少女が迷いつつわずかに逸れて進んだ場所は、どんぴしゃでビヨンドの徘徊区域に入っていた。


 少女を視認すると、途端にビヨンドは突進してきた。ビヨンドになると好戦的な性格を帯び、プレイヤーを見つけ次第攻撃してくるようになる。少女は隠れる間もなくターゲットされていた。


 瞬時に浮かんだのは、死への恐怖だった。


 帰れないまま、この世界で死んだら、どうなる? 


 大厄震以前、街中でビヨンドに負けて運び込まれてくる人を見たことがあったものの、少女はこのゲームにおいて、死亡、あるいは戦闘不能状態になった経験がなかった。街のどこかに戻ってこれるとは知識で知っているものの、それはあくまで大厄震以前の話。


 今自分がモンスターに倒されたら、どうなるのかはまるでわからない。


 少女の頭には瞬時に様々な想像が浮かぶ。


 一番ありそうだと考えたのは、ここで死ねばそのまま自分自身が消えてなくなるという、元の世界と同じ結末だ。


 生き物として不可欠な食が現実と変わらない今において、死だけが特別扱いなわけがない。


「いや――」


 迫り来るビヨンドの突進に、少女は無防備に立ち尽くす。


 自分のレベルは10にも満たない。対してビヨンドは15。しかも実質数値はその数倍ある。


 少女が一撃でも攻撃を喰らえばHPは間違いなく0を示すだろう。


 背伸びして少し遠くまで来ただけなのに。


 こんなところで――






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