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クロノの奇策




 カリストの龍がスピカの守護円に無数のヒビを刻み押し潰しかけたその瞬間、クロノの緊急回避スキルが発動した。


 クロノが使ったのは自分の持つステータスのほとんどを俊敏性の数値に変化させるものだ。効果時間は短くその間攻撃スキルも撃てなくなるという制限はあるものの、驚異的な動体視力と移動速度上昇の恩恵があり、あの龍の五月雨も辛うじて切り抜けることができた。


 ヒメリもクロノに首根っこを引っ張られるように危機から脱していた。ぐえ、と自分の口から変な音が出てくる間の一瞬の出来事で、自分に何が起きているのかもさっぱりだったが、いつの間にかいた壁の裏でどこにも怪我を負っていないことがわかって安堵に腰が抜けかける。


 三人はカリストから三十メートルほど離れた廃屋の裏に隠れていた。今にも崩れそうな煉瓦の壁を並んで背にして揃って息を切らしながら、背後にいるであろうカリストに見つからないように身を寄せ合った。


 スキルの効果時間内に移動できる距離はせいぜいがこの程度。加えてこのタイプの危機脱出スキルは特殊なインターバルを要し、連続使用が難しい。


 三人でぜいはあと息を切らし、起動した〈地脈の龍〉の威容に揃って苦い顔だ。


「俺も一回使ったことあるけど、やっぱえげつないな」


「こんな規格外のアイテムまであったんですね。みんなが心配してた理由がようやくわかりました」


「わたしの高位スキルである守護円も数秒しか保たなかった。広範囲掃討武器と聞いて甘く見ていたが、一極集中でこれほどの威力を持つとはな。対人戦でも十分すぎるほどに脅威だ」


「それなら、みんなが気づいて駆けつけてくれるまでここで――」


 潜みながら様子を窺う三人の耳元に、地響きが届いた。


 壁際から覗き見る。カリストがクロノたちが隠れていると見当をつけた巨木の周囲に、龍を放った音だった。龍たちが通り過ぎた跡には、さながら蝗害のようにぼろぼろに食い千切られた巨木が倒れる。


 カリストはそこに三人がいないことがわかると、すぐに踵を返し、また手近な物陰に目を向け、そこに龍を放つ。


 カリストは地面の中に龍を潜ませ、センサーのように使っているようだ。いくらクロノのスキルが優れていようと、下手に場所を移せば地面の中の龍に探知される。カリストもさほど遠くへは行っていないとわかっているからか、実際に三人が隠れている場所からは大きく離れようとはしない。


 今も潜入時に使っていた気配消却スキルを使用していて声や物音は範囲外に漏れないとはいえ、そう遠くないうちに、カリストは三人のもとに辿り着くだろう。


「これは応援を待ってる間に全滅だな」


「な、ななななら、ぽ、ポートゲートでに、逃げ――」


「ポートゲートは起動するのに二十秒以上はかかる上、エフェクトでかいから場所が丸わかりだ。この距離じゃ使った瞬間またあれが飛んでくるぞ」


「しょんなぁ……」


 絶望に口元が緩むヒメリに、スピカが「心配するな」と微笑みかける。


「わたしがひとりであいつを離れた場所に引き付けて時間をつくる。その間に二人はポートゲートで安全なところに逃げて皆と合流し、ヤツを捕まえる方法を考えてくれ」


「スピカちゃん、でもそんなこと……」


「万が一のときはわたしが盾になってヒメリを守ると約束しただろう? なに、わたしはこれでもコンクエストで数多のモンスターの猛攻を耐えてきた盾役(タンク)のひとりだ。そう簡単にやられはしない」


 彼女は軽く言うが、切羽詰まったように口元を引き締める横顔が、残酷な未来を予感させる。


 彼女はわかっているのだ。たとえ歴戦の盾役でも、あれ相手では仲間を逃がすための時間稼ぎにしかならないと。


 スピカは嘘をつき、約束を破る人物ではない。一度言ったことは決して反故にはしないだろう。宣言通りヒメリに危険が及べば、自らを盾にして逃がそうとするはずだ。


 でも、彼女だって震えている。


 ヒメリは瞬時に悟った。今の自分には彼女を止める言葉は紡げない。それができるのは――


「クロノさんっ、スピカちゃんを止めてください!」


「……」


 クロノは両手で自分の顔を完全に覆って黙り込む。


 ヒメリはさらに焦りが肥大化していくのが自分でもわかった。


 ヒメリは薄々そう感じていたし、彼自身もおそらくある程度の自覚はあるだろう。


 クロノは性格的に完璧主義なところがある。


 この時点で、既にクロノが想定していた作戦とは大きく逸れている。


 彼はこの危機的状況から――両腕で抱えきれなくなって零れていく状況から、必死に逃げる方法を探しているんじゃないだろうか。


 それでも、ヒメリは彼に逃げてほしくなかった。スピカを犠牲にしたくはなかった。


「クロノさんッ!」


「――わかった」


 沈黙していたクロノは、意を決したようにゆっくりと顎を上げて、二人をじっと見据えた。


「スピカの約束通り、めり子を守ってもらおう」


「クロノさん、どうして!?」


「――ああ、わかっている。覚悟はできた。どうか無事に逃げ切ってくれ」


 彼は、やっぱり。


 ヒメリはその一瞬、期待を崩しかけた。だが。


 剣に手を掛け立ち上がりかけたスピカを、クロノは片手で押し止めた。


「早とちりするな。俺とめり子が逃げるのもナシだ」


「クロノさん?」「ソウタ?」


 彼の意図が汲めず、二人はきょとんと見返す。


「確かにスピカならしばらくは耐えられるかもしれないが、反撃に回れない。ジリ貧になって最後はやられる。かといって、俺とめり子じゃ速攻で返り討ちに遭うだけだ」


「じゃあ、どうすれば――」


「これを使う」


 クロノが腰から取り出したのは、小さな小瓶に入った、紫色の液体だった。


「この薬は?」


 ヒメリがわからずに訊くと同時、彼の掌の上にあるそれを見てスピカが驚いて声をあげる。


「ソウタ、これは〈英雄の神水薬〉じゃないか!」


「〈英雄の神水薬〉?」


 ヒメリが聞き返す。


「時価で一千万は下らないレアな薬品アイテムだ。コンクエストリーグでここぞというときに使うからわたしも知っている。大厄震後は市場に出回らなくなったと聞いたから、今ではもっと価値も上がっているはずだ」


「い、いっしぇんまん!」


「大厄震の前に落札しておいたんだよ。コンクエに所属するときの手土産用にな。競合相手がガチのコンクエリーグ相手だったからマジでびびったんだぜ」


 ヒメリの感覚からは、遙かに逸脱したものだった。


薬ということは、消耗品。使えばなくなるアイテム。


 それに一千万とは。


 それだけでここウェスナなら十年は楽して暮らせそうだ。


「手短にいくぞ。いいか。その薬の効果時間は三分間だ――」


 〈英雄の神水薬〉は使うプレイヤーの役割(ロール)によって効果が変わる。


 スピカのような盾役(タンク)ならHPと防御力の増大。


 クロノのような攻撃役(ストライカー)なら攻撃力と俊敏性の強化。


 ヒメリのような回復役(ヒーラー)ならMPの自動回復と回復力が上昇する。


 上昇するものはそれぞれ異なるが、その上昇量は凄まじいの一言だ。この三分の間だけ、レベルの概念などどこに置いてきたのかというほどに、その効果には目を見張るものがある。


「なるほど。それを使ってクロノさんかスピカちゃんが」


「――いや」


 と言って彼が薬を投げ渡したのは、ヒメリにだった。


「使うのはお前だ。めり子」


「え、えええええっ!?」


「ソウタ、どういうことだ?」


「スピカが使ってもあいつに有効打は与えられないままだし、俺が使っても攻撃は通るだろうが防御が不安だ。攻撃してる間にやられる。俺の俊敏性が上がったところであんな広範囲で攻撃されちゃ避けようがないしな。障害物も多すぎる」


「で、でもだからわたしっていうのは……」


 あまりに雑な消去法に見えて、ヒメリもさすがに言葉をなくす。


 クロノは構わず続けた。


「さっきの攻防で今の俺でもあの龍を破壊できるだけの火力があることはわかった。だからその薬をめり子が使って――」


この状況では、スピカとクロノが薬を使ってもあの武器に対抗できない。彼が想定しているこの三人で取れる戦術とは、つまり。


「めり子、その薬を使ったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()





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