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戦闘開始




「名前は、なんて言ったかなあ。ああ、そうそう。サーヤだ。いーいやつだったよなあ」


「やめろ」


「誰かさんの余計な手出しがなきゃ、いまごろあいつも続けていたかもしれないなあ」


「やめてくれ!」


 クロノの拒絶をおちょくるように、カリストは止まらない。


「お前は逃げた! あいつがいなくなった責任を取りたくなかったからだ! お前は弱いからだ! 他人に期待することが間違っていると自分に言い聞かせて逃げ続けてきたんだろ! でもな、お前が正しいんだよ。他人に期待するのは間違ってる。自分の思うように生きてあいつらなんて関係ねえと切り捨ててきたんだよな! なあ!?」


 クロノを巻き込んだ幼稚な厭世観だ。


 スピカも同じことを思ったのだろう。声を張り上げてクロノを庇う。


「そんなはずはない! ソウタはいつだってわたしたちを信頼し、勝ち抜いてくれた! 貴様の戯れ言なんて信じるものか!」


「違うね!」 


 カリストは意地でも認めたくないらしい。強く叫び返す。


「お前はまた逃げる! 証明してやるよ! ここにいるお前の新しいオトモダチを血祭りにあげてな!」


 人の言葉を拒絶する極端な決意。カリストは激しく腕を振り回させる。


「この新しい世界の法則(ルール)に従おうぜ! 強者が全てを持ち、全てを叶える!」


 カリストは叫び、インベントリを開いた。瞬時にその手に現れたのは、斑のように茶色と緑色の光が混ざり合う球状のオーブだ。カリストは天高くそれを掲げた。


「取り返してえなら力尽くでやってみろ! 運営もリアルも消えた新世界だ。俺を縛るものは何もねえ! 俺がお前を死に至らしめることすら躊躇うと思うなよ!」


「まずい、離れろ!」


 クロノが振り向き、ヒメリたちのところへ退く。


 カリストは構わず叫んだ。


「起きろ! 〈地脈の龍〉!」


 カリストの命令に応じ、地脈の龍が鳴動する。オーブからは無数の細長い龍が生まれ、カリストの身体に纏わり付いていく。


 肉体浸食型装備〈地脈の龍〉


 全身に植物の蔓に似た細長い龍を無数に這わせ、それを意のままに操ることができる。主に市街戦や攻城戦、荒野などでの多対多での戦闘において無類の性能を誇る装備だ。


 話には聞いていたが、その姿を実際に目の当たりにすると、ヒメリは怖気に立ち竦む。


 カリストの表皮の上で蠢く小さな龍の群れは、まるでバケモノを羽化させようとする繭にも見えて――


「ヒメリ!」


「わああっ!」


 スピカの生み出した光の盾が、ヒメリに飛んでくる龍を妨害し弾く。


 呆気にとられてぼっ立ちだった間に、カリストは龍をヒメリたちに向けて放っていたのだ。


「横からまだ来てます!」


 ヒメリの声に、今度はクロノがすぐさま反応する。


 彼もまた既に抜刀し、色が異なる二本のダガーをそれぞれ片手に構え臨戦体勢。


 スピカの防御をすり抜けた十数頭の龍が食らいつこうとするのを、クロノは瞬きのうちに全て断ち切っていた。ヒメリにはその太刀筋の一本すら見ることは叶わない。


「すごい……今の一瞬で全部」


 感心している間に、次の龍が迫っていた。スピカが振り向いて二人に呼びかける。


「守護円を張る。ふたりともわたしにできるだけ近付いてくれ!」


 スピカの指示通りに彼女の背後に背中合わせでくっつく。


「排するは怯懦。顕れるは、塵芥すら寄せ付けぬ光の守護円!」


 詠唱(キヤスト)の直後に、スピカを中心に円環状の堅固な守護領域が展開される。


「ソウタ、頼む!」


「ああ。十秒でいい。堪えてくれ」


 クロノが集中しはじめる。何かしらのスキルを発動するつもりのようだ。


だが、その隙をカリストが見逃してくれるはずもない。


「その程度の防御が〈地脈の龍〉に耐えられるもんかよ! まとめて消え失せろやああ!」


 カリストの命令に応じ、絶え間なく生み出され群がる龍が、うねる巨木の枝のように一塊を形作り、三人に真っ直ぐに振り降りてくる。


「ひゃああ!」


 スピカの守護円を揺らし大地がひっくり返るような衝撃に、ヒメリもたまらず悲鳴をあげ目を瞑った。


 振り下ろし、横殴り、繰り返し叩きつけられる龍の群れの体当たりに、スピカの守護円は次第にヒビを増やしていく。


「もう保たない! ソウタ!」


「――日蝕忌憚(スコル・ハイド)


 クロノの静かな声が聞こえた瞬間、ヒメリは天地がひっくり返ったような感覚に襲われた。






 耳を劈く轟音を奏でる数え切れない龍の突撃が通り過ぎたその後には、抉られた地面しか残っていなかった。


「くそ、緊急回避スキルか。そういやあいつの得意技だったな。めんどくせえ。周囲一帯全て粉にしてやる」


 カリストはしゃがんで両手を地面につけ、「行け」と短く命令する。身体に纏っていた数十頭の龍たちが地面に潜り、四方に散っていった。


「逃がすかよ。〈地脈の龍〉は探知型としても使えんだ。アレハカタブラで俺が一番こいつを使いこなしていたことを忘れんな。二度は使わせねえ」







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