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ある日の回想〈後〉




 五分ほど歩いた先で、ふとクロノが立ち止まる。


「さっきの二人は、俺が本格的にエンドコンテンツをする前に所属してたリーグのメンバーだった」


「……はい」


 聞いていますよ。と伝えるように、ヒメリは真摯に頷く。


「一緒にレベル上げしたりダンジョンを攻略したこともある」


「タンク、ヒーラー、ストライカーのバランスがよくってさ。よく三人だけで金策にも行った」


「――初めて知り合ったのも、この街だった」


 道すがらクロノはぽつぽつと、小石を道に置きながら進むように二人との思い出を話してくれた。


 もしかしたらそれは、彼なりの気まずい空気を解決するための処世術なのかもしれない。だからヒメリはそれを黙って拾い上げながら彼についていく。


 関係に亀裂が入ったのは、ちょっとした口喧嘩が原因だった。


 同じ時期にプレイし始めたとしても、個人の得意不得意で練度には差が生まれる。その当時は、さきほどの男、ショウの方が上達するスピードが速く、女のユウの方は一歩出遅れていた。


『もっと練習しなよ』


 ショウはおそらく、はやく先に進みたかったのだろう。


 だがリーグ全体の練度が足りなかったがために、攻略進行速度が停滞した。だからやきもきしてぽつりと愚痴るようにこぼしてしまったのだ。


 ユウは当然かちんときた。自分だって一生懸命やってる。そんなことを言われる筋合いはない。


 そこから二人は言葉に棘を含ませるようになり、余計に関係性は悪化した。


 そんな二人を見かねて、クロノは提案した。多分、それが二人の問題を解決するのに最善だと思ったのだろう。


『リーグの皆で攻略始める前に、少し練習時間を設けるのはどうかな。ほら、部活の自主練みたいな感じでさ』


 クロノ自身はもちろん練習に付き合うつもりでの提案だったのだが、多少言葉足らずではあった。


 ユウはそれを『一人で練習しろ』と言われているように受け取ってしまったらしい。クロノがフォローする前に、彼女はきつめに言い返してきた。


『そんな時間ないし。たかがゲームじゃん。なんでそこまでガチにならないといけないの』


 積もり積もっていた不満もあったのだろう。自分が出遅れている悔しさを誤魔化すためでもあったかもしれない。自分が責められ悪い方向で特別扱いされれば、誰だって反発の感情が生まれてしまう。


 だがそれは、それは言ってはいけない言葉だ。ゲーム、遊びとはいえ、真剣に楽しもうとしている相手に対しては。好きなものを貶されたら、それを好きな自分まで否定された気分になる。


 そんなことを言われてしまっては、もはやどんな解決案も空虚でしかなくなる。クロノはそれ以上何も言えなくなった。


 そして二人は競い合うようにクロノをどっちの味方なのかと巻き込むようになった。


 ショウは、実力の近いクロノを強引に自分に同調しているように見せ攻略を急かした。


 ユウは、クロノは私を責めないよね、と罪悪感を植え付けるような言動を繰り返した。


「上達した方が楽しいのは確かだし、より難しいクエストを達成できたらやっぱり嬉しいと思うんだよ。でも、それは一人じゃ無理なんだよな」


 あのとき二人が言い争いつつもゲームを止めなかったのは、本心ではそれがわかってるからだ。二人はただひっこみがつかなくなっただけなのだ。


 それがわかっているからクロノは何も言えず右往左往し、どっちつかずの態度に二人は逆にクロノを疎むようになった。


 そして次第にリーグ全体の雰囲気がギスギスしだし、三人は挨拶程度しか話さなくなった。ときには挨拶すらも返さないこともあった。


 解決されないまま時間が経った。先に崩れたのはクロノの方だった。


「そんな空気に耐えきれなくなってリーグ脱退を申し出た。そんときのリーダーは引き留めようとしてしばらく説得してくれてた。そんで、俺はなんでリーダーにここまでさせてんだって申し訳なくなっちゃって」


 ヒメリはこのときはまだ期待していた。


 きっとクロノは、その申し訳なさを糧にしてまた二人と向き合ってくれたのだろうと。


 しかし彼の話は、唐突に終焉を迎える。


「だから俺は、みんながログインしてない間に一人で脱退手続きをしてリーグから去った」


 リーグからの脱退自体は承認がなくとも行える。


 そして名前と種族を変えて、フレンドも消去して、全く別のプレイヤーとして同じ地に降り立った。


 あまりにも唐突で、相手のことを考えていない無礼な去り方。当事者だけでなく、丸く収めようとしてくれていた他のメンバーへの配慮もない。全てを無に帰す形の自分だけの解決法。


 ヒメリは言葉を失う。


「ま、そんなことがあってな。今さら昔のことを掘り返すのもあれじゃん? だからあえて名乗り出なかったんだよ。あえてな!」


 ははは、とクロノは背を向けたまま気楽そうに笑う。


 それはヒメリにはどう見ても誤魔化し笑いにしか見えなかった。


 三人が不和になったのは、決してクロノだけに原因があったわけじゃない。いや、むしろクロノは巻き込まれた形だ。


 だというのに、なんという皮肉であろうか。


 その三人がヒメリの目の前で偶然にも一箇所に会し、挨拶以外の言葉を交わしたのに、その関係性はかつてのものとは別の物に変容してしまっている。


 発端となった二人は同じ名前のまま一緒に活動していて、一人は名前を変えてまるで他人だったかのように振る舞っている。


 ヒメリの胸の内は、なんとも言葉にできないような寂しい思いで埋まっていた。


「もう終わったことだから気にすんなって。はやく行こうぜ。ちくしょ、アリスのやつ。俺のことをいいように使いやがって。終わったら報酬の値上げ交渉してやる。だからめり子もさっさと上手くなれよな。どうせならガツンと上達して驚かせてやろうぜ」


 クロノは明るく言いながら大股で足早に正門に向かう。強がってるのはヒメリには明白だ。


「…………もう、逃げなくてもいいんですよ。逃げる必要はないんですよ。クロノさん」


 少し遅れて、ヒメリはそう呟いていた。


 このときからだったとヒメリは思う。クロノを放っておけない気持ちが強くなったのは。







 そんな一幕があったことを、ヒメリは二人が出かけているお留守番中に風車小屋で思い出していた。


 あの後ですぐにスピカと再会し、結局はバレてしまい行動を共にすることになったのだっけ。


 そりゃあ百回も名前を変えてコミュニティを出入りしてれば元は知り合いだった人はそこらじゅうにいるのだろうけれど。


 クロノはもしかして、毎日あんな気持ちで街を歩いているのだろうか。


 すれ違う人々の中に別の名前のときに知り合った顔がいれば、自分が顔見知りであったことがバレないかとびくびくして、それでも平然を装って歩いて、話しかけられたら普段の自分とは違う言動をあえてやって。


(スピカちゃんがクロノさんだって気づいてくれてよかった)


 バレていなかったら今ごろ彼はずっと他人を演じ続けていたに違いない。


 スピカはクロノの横を素通りして、クロノだけが過去を振り返るようにその背中を目で追っていただろう。


 それは、ひどく悲しい関係だ。


 どうして彼はそんなに逃げてしまうのだろうか。


 確かに口は悪いしすぐふざけるしお調子乗りで、名前もちゃんと呼んでくれない意地悪野郎だけど、でも。


(戦利品は分けてくれるし、ちゃんと教えてくれるし、面倒見はいいんだよね)


 自分が高校生のころの同級生はもっと憎たらしかった。それに比べたらクロノなんて小生意気な弟みたいなものだ。


 ふと思う。昔の仲間たちはクロノのことを嫌っているのだろうか?


 そんなはずはない。いや、断言はできないけれど。


 だって、そうであったらアリスやスピカからあんなに頼られるはずがない。彼女たちはクロノことを赦し、拒絶することなく接している。


 そしてクロノも、仲間たちを嫌って去ったわけじゃないのだ。


 多分、あのとき出会った二人もそうだ。嫌っていたら、去っていく二人の背中をあんなに寂しそうに目で追ったりなんかしない。


 クロノは多分、自覚している。


 自分のやり方が間違っているということを。


 だから昔知り合った知人や友人が、急にいなくなった自分を嫌っていると信じてしまっている。だから目の前に現れたら他人の振りをして、自分の心を守るのだ。


 自分だって判ったら、相手は責めてくるかもしれない。それは相手の傷を抉り返すかもしれないし、相手はそれを望んではいないはずだ。


 なら、このまま他人でいた方がいい……。


 その選択を、ヒメリは庇おうとは思わない。やっぱり急にいなくなるのは相手に心配だってさせるし失礼だ。クロノのやり方は決して正しいとは言えない。


 だけど、似たところがある友人を知っているだけに、ヒメリは彼を糾弾できなかった。


 その友人が黙って去ってしまったとき、ヒメリは彼女から嫌われたのだと思った。


 クロノは自分が去ったとき、残された者たちから嫌われたと思っている。


 互いに互いが相手から嫌われたのだと思い込んでしまっている。だから距離は空いたまんまで。


 それなら、きっと。


(わたしたちには、まだ話し合える余地があるはずだよね。アキちゃん)


 ヒメリは自分の気持ちを整理する。友人が去ってしまったとき、自分は悲しくはあったけれど、嫌いにはなってはいない。


 だからヒメリはまだ期待している。


 クロノがもし昔のトラウマを克服して、スピカみたいにみんなとまた仲良くできたら。


 それは絶対、自分にとっても嬉しいことだとヒメリは思う。








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