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想像力の差




 ぽつん。


 ヒメリは一人で何もない空間を見つめながら、椅子に座っていた。


「…………暇だなあ」


 作戦の決行まであと一日半。


 カリストが捕まるまでの間、ヒメリは拠点での待機を命じられていた。


 一日が明け、昼食も済んだただでさえ暇な午後。天気は良く窓からは暖かい日差しが差し込んでくる。


 二か月前、リアル世界は秋だったが、この世界では四季の進み方が多少異なるため、今は初夏に近い。外に出れば汗をかくほどだが、屋内にいれば過ごしやすい。そんな気候だ。


 クロノとスピカの二人は出かけている。なんでもクロノのスキルで隠れながら、カリストのアジトの周囲を視察し作戦行動の全体像を頭に入れてくるという。


 このゲームで強さを極めていた二人だからできることだろう。つまり、カリストの居場所が判明した以上、ヒメリにできることはもうない。


 これにてお役御免。アリスから依頼された調査は達成できたと言える。後は実際にカリストが確保されるのを待つだけだ。


 全てが終わったら何をしよう。もう一度ラトオリに行って、アリスさんのところで働こうか。あ、でもまだ魔法の使い方が治ってないんだった。またあの二人に教えてもらえるかな。


 今日の夜も二人と一緒にここで食事を取る約束をしている。そのときにもっと魔法のコツを教えてもらおう。クロノにも少しくらいなら馬鹿にされても笑って許してやろう。大事な仕事を目前にした二人の緊張が少しでも解れるなら、それくらい。


 そうやって今後のことをぼうっと考えながら暇を持て余していたときだった。


 コンコン、と二度ノック音がしたと同時に、背後の扉が開けられた。


「お邪魔しますね」


「あ。こんにちは。えっと」


 見覚えのある顔にヒメリは挨拶をする。名前を呼びかけて、彼女の名前をまだ知らなかったことを思い出した。


 入ってきたのはラトオリの会議で副議長を務めていた女性だ。確かここウェスナのアドミニスタリーグの副団長でもあったはずだ。


「まだ自己紹介はしていませんでしたね。どうぞ私をオーグアイでご覧なさい」


 言いながら、ヒメリの正面の椅子に座る。


 そういえばあの会議中は話に集中していて名前を見ていなかったな、と言われた通りにヒメリはオーグアイを起動。彼女の情報が視界に浮かぶ。



 ハルカ・レーベンシュタイン

 種族:華鈴族(フローゼ)

 クラス:ルナティック LV70

 所属リーグ:〈Waiwai Park〉



 眼鏡をかけた黒髪ロングの和風美人。草花をモチーフにした種族のためか、尖って長い耳が薄い黄緑色とピンクのグラデーションで彩られている。


 軍服のようなかっちりした服装だが、胸の部分が大きく膨らんでおり、そのアンバランスさがとにかく艶めかしい。


 会議中も気にはなっていたが、正面で向かい合って座ると、どうしても視線がそこにいってしまう。


「……おっきぃ……」


 思わず呟くと、ハルカは眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げながら口の端で苦笑する。


「そういうことは殿方に言って差し上げなさい」


「え?」


「え?」


「背が高いってことですか?」


「え?」


「え?」


「……」


「……」


 上手く噛み合わなくて数秒間の沈黙が続いた。


 コホン、とハルカが小さく咳をする。


「今日来たのは、今回のカリスト調査任務に関してです」


「あ、はい。うまくいってますよ。アジトの場所もわかったみたいです。クロノさんが作戦を立てて、明日にはラトオリの人たちも集まって確保に向かうって――」


「その件ですが、彼の立案した作戦は中止することになりました」


 堰き止めるように言葉を被せてくるハルカ。


「中止……?」


「ええ。残念でしたね。あなたも担ぎ上げられてさぞや舞い上がっていたんでしょうが、これであの噂も終わりです。よかったですね」


「わたし、舞い上がってなんて……」


「私は忠告しに来てあげたんですよ。あなたの同類として」


 同類?


 意味はわからなかったが、それよりも気になるのは本題の方だ。


「あの、中止って、アリスさんがそう言ったんですか?」


「アリスさん?」


「えと、指揮を執ってるのは、ラトオリのアリスさんなんじゃ」


「いえ、随分親しげに呼ぶものだなと思ったものですから」


棘を生やさせて言われて、ヒメリは口を噤む。


「まあ、いいでしょう。ですが気をつけてください。あのお方は本来、あなたのような初心者レベルのプレイヤーが馴れ馴れしくできないような立場にいるんです。私ですらそのご威光で足が竦むほどに。望めるなら、私とてもっとお近づきになりたいのに……」


「随分、慕っているんですね」


 ハルカからの厳しい視線をゆらりと受け流すようにそう言ってみると、彼女は一度背筋を伸ばしたあと、ゆっくりと息を吐いた。


「私は昔、あのお方に救われたのです」


「救われた?」


「えぇ。リーグの紅一点として輝いていたあの日々……。男どもから毎日のようにアイテムを貢がれる生活に沈んでいたあの頃……。私を混沌から目覚めさせてくれたのがあのお方だった」


「へ?」


「私は間違っていた。女としての、いえ、himechanとしての在り方を!」


 大きく胸を揺らしながら勢いよく立ち上がるハルカ。


「貢がれるより貢ぐことの方が嬉しいってわかったの! 自分を捧げて貢ぐことこそで自分は輝くのです!」


「ほ、ほぉ……」


「私はあのお方に私の全存在を貢ぐって決めたの! 推しが喜んでる姿がきゅんとくるの!」


 目を蕩けさせてそう叫ぶと、ハルカは途端に肩を落とす。


「でもあの方はまだ私の愛を受け取ってくれない……。これはまだ私のhimechanとしての練度が低い証拠……。でも、そんな頑なさにむしろ私のお腹は疼いて……」


 すとんっ、と椅子に座って、ハルカは眼鏡の位置を直しながらヒメリを見返す。


「あなたにもわかるでしょう? 同じhimechan(カルマ)を背負ったもの同士として」


 なぜか同調を求められるものの。


 わっかんねえ。


 ヒメリは頭に浮かんだその一言を口に出さないように必死に我慢した。


「失礼。話が脱線しました。魂が震えたものですから」


 答えに窮している間に、ハルカは勝手に話を進めてくれた。


「なぜ彼の立案した作戦を中止するのか、でしたね」


「は、はい」


「理由は単純です。私たちは、彼を信用していない」 


「え……」


 無感情なハルカの言葉に、ヒメリは息が詰まる。


「独自に調べました。彼は過去に、数え切れないほどリーグを脱退し、多くのプレイヤーの元から去り、裏切っている」


「――!」










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