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会議ぼっち




 熱気をさらに増していく会議の中、しばらくぽつんと取り残されたヒメリ。


 物事が大きく動いている。自分を置き去りにして。


「あ、だめだ、これ――」


 ヒメリはぽつりと独り言ちる。


 急に自分のまわりに帳が降りたような感触を覚えた。隣にいた二人が離れ、同じ部屋の中にいるのに自分だけが隔絶されてしまったかのような。


 焦りが生まれる。


 我慢できない。


 怖さに似た何かが、胸にこみ上げてきて。


 また、置いてけぼりにされるのだろうか。


 それだけは、嫌――――


「あ、あのっ!」


 ヒメリの大きな呼びかけが、議論を割っていた。注目を浴びる中で、一度唾を飲み込み、思い切って自分の考えを口に出した。


「わ、わたしじゃ駄目でしょうかっ?」


「ヒメリ?」


 静けさの中から、スピカの聞き慣れた呼びかけが聞こえる。


 その声は、ヒメリにもっと具体的な話をさせられるだけのわずかな落ち着きを取り戻させてくれた。


「わたしが……その、もう一度そのリーグに接触して、中に入ってしまえば、みなさんに情報を伝えられるんじゃないかって」


「スパイになる、ということか?」


 スピカの問いかけに頷くヒメリを見て、今度はアリスが大きく首を振った。


「いくらなんでもあなたをそんなとこに放り出せないわよ。ヒメリちゃん、気持ちはありがたいけど、こればかりはお留守番しててね」


「でもっ!」


 アリスが優しく諭そうとするが、ヒメリは声を荒げた。


「そのリーグは、高レベルの人じゃ近づけないんですよね。ここにいる人たちはみなさん最高レベルだし、わたしならっ」

「それはまあ、そうなんだけど……」


 アリスは助けを求めるように他のメンバーに視線を向ける。


「確かにこれまでの情報をまとめると、カリストを捕まえるには低レベルの協力者が必須になってくる。相手はオーグアイで接触する人間を選んでいるからな」


「しかし、我々がリーグに所属もしてない駆け出しの治療師に頼るわけには……」


「もし失敗すれば、俺たちの威信も問われることになる。ベテラン勢が初心者を作戦に投入して一人も救えないようでは、アドミニスタの治安維持に疑問を持つやつらは一気に増えるだろう」


 次々に躊躇いを口に出す面々の最後に、スピカも確認するように訊いてきた。


「それに、ヒメリは一度勧誘されて断っているんだろう? それだけ警戒心が高い奴らが、同じ人間に声をかけるとは思えないが」


 スピカが推論を立てると、反駁してきたのはクロノだ。


「いや――クツシタは自分が手に入れられなかったものにとてつもなく拘泥するタイプだ。あのときも、自分の順番が終わったばかりなのに、次の仲間に〈地脈の龍〉が渡されたときに目の色が変わっていたのを俺は見たことがある。事件が起きたのは、そのすぐ後だ。あいつの執着心は俺たちが想像する以上に高いはずだ」


「しかし、だからといってどう作戦を立てる?」


「めり子が大手のリーグにスカウトされてると噂を流して、あいつの物欲を刺激する。一度逃がした得物が大物だったと知れば、あいつは目の色を変えるはずだ。そもそも最初にめり子の名前でドン引かなかった奇特なやつなんだ。絶対にまた声をかけてくる」


 確信的に言い切るクロノに、ヒメリもぽつりと零す。


「言いたいことがいろいろありますけど名前に関してはほっぺたさんに言われたくないです」


 それも彼には無視されたのだが。


「あいつはあの手この手でめり子を誘ってくるだろう。悩んだ振りをしてめり子があいつの所属するリーグのアジトに忍び込み、あの装備とクツシタ本人の居場所の情報を俺たちに流す。そうすれば――」


 クロノが作戦を述べると、それを遮るようにアリスが立ち上がり机を叩いた。


「まともに回復魔法も使えない初心者ヒーラー以下の女の子にそんな危険なことをさせられるわけないでしょう!」


「アリスさんもやっぱりそう思ってたんですね……」


「ち、違うのよ。ただヒメリちゃんを危険な目に合わせるわけにはいかないと思って」


「いいんです……わたしゲーム苦手でしたし……」


 慌ててフォローしてくるアリスだが、なんとなく、というよりようやく自分の立場を悟ったヒメリだった。


「それに別に自分から危険に飛び込もうってわけじゃないんです。モンスター相手じゃなくて人間相手ですし、殺されるまではしないですよね。ゲームには人を攻撃することができないシステムがあるんですから」


「それがそうとも言えないのよ」


「え?」


「クロノくん、ちょっとこっち来なさい」


「ん? なに?」


 手招きしてアリスは円卓の会議席の真反対にいるクロノをわざわざ自分の傍に呼び出した。


 するとアリスは、机に置いていたボードで彼の頭をはたく。


「ったあ!」


「アリスさん?」


 見ての通りよ。とアリスは続ける。


「大厄震前は今くらいの攻撃でも本来はアラームが鳴るのよ。でも、それが起きない。そこらへんの倫理機能が働かなくなってると見た方がいいでしょうね。ヒメリちゃんが初めてここに来たとき、私が人を相手にスキルを撃ってたのを見たでしょ? もちろんあのときは手加減はしていたけれど、人相手にもダメージは通るのよ」


「そういえば……」


「俺じゃなくてよくない?」


 文句を言いつつ頭をさすりながらすごすごと自分の席に帰っていくクロノを横目に、アリスの説明は続く。


「つまり、大厄震の後で大きなレギュレーションの変化があった。これはおそらく運営の意図するものではなく、この前話した特異点の観測者Xが起こした変化の一つだと思うわ」


「人すら殺せる可能性が、出てきてると……」


 アリスは深刻そうに頷いた。


「幸いにしてまだ殺人事件はこの二ヶ月間起きていない。わかっている限りでは、だけれどね。けれど、もしそれが可能になっているのだとしたら、最初の犠牲者を、ヒメリちゃん、あなたにするわけにはいかないのよ」


「アリスさん……」


「加えてカリストが持っているアイテムは、広範囲に無差別に攻撃を仕掛ける超弩級の戦術装備よ。そんなの相手にヒメリちゃんが巻き込まれたら、少なくとも大怪我は避けられない」


 ふと、アリスの言葉はヒメリ自身を危険から遠ざけるために大袈裟なブラフを織り交ぜているのではないかと思ったが、身を案じてくれているのは確かだ。


 ここで無理を通せばアリスの心遣いを無為にしてしまうかもしれない。


 それでも、ヒメリは――







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