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リーグ勧誘祭り




「そこのお兄さ~ん、よかったらちょっと話を聞いてくれませんか~あ?」


「ああ、また今度な」


 魅惑的な少女の色っぽい誘いをさらっと受け流し道を進む。


「よお、あんちゃん! ちょっと寄ってけよ! いい話があんだよ! ほらほら!」


「すんません! 急いでるんで!」


 体格が二倍はありそうな巨漢から掴まれそうになって、回避アクションを駆使して逃げた。


「ヒヒ、ヒ。どうぞ、その足をこちらへお向けください……。闇の稀人が誘う暗黒狂宴へ私と共に参りましょうぞ……!」


「間に合ってます……!」


 怪しい男がうろんな目を怪しく光らせてくるからとにかく逃げた。


 ログインするやいなや、少し街を歩いただけで、新入生確保に必死な部活ばりにひっきりなしに勧誘の言葉が投げかけられる。


 少年はそれを適当に躱しながら、街の奥へと歩いていった。


 目指しているのは街の南方にあるバザー広場だ。そこでは、目的のアイテムのオークションが行われている。


 複数の買い手がお互いの落札額を知ることができない封印入札方式だから、競り落とせているかは実際に行ってみないとわからない。


 気持ち多めに金額を上げたつもりだが、相場の傾向を見ると落札できているかは賭けだろう。最近の素材価格の変動に気づいているプレイヤーなら、今のうちに落札しておいた方がいいアイテムだと気づくかもしれない。


 入札しようとしているのは、あるレア素材から作られる消耗系の薬品だ。難しいコンテンツをクリアするためには欠かせないアイテムだが、供給量が少ないために高額になりやすい。


 バザー広場に着くと、高額競売管理組合の受付の前に、一人の女性が立っていた。


 同じアイテム狙いだとすぐに気づいたのだろう。少年に向かってにこりと笑うと声をかけてきた。


「この時間にここに来たってことは、同じアイテム狙いかしら。よろしくね」


「たぶん、そうだ。こちらこそ、よろしく」


「このアイテムを狙ってるってことは、あなたも攻略組?」


 競売終了時間までまだ少し余裕があるせいだろう。格調高い騎士鎧を着込んだ背の高い金髪の美女は、彼に世間話でもするようにそう訊いてきた。


「ああ、えっと……」


 彼が答える前に、美女は少し驚いた顔をして続けた。


「あら。あなた、フリーなのね。もしよかったらうちのリーグの話を聞いてかない?」


 リーグ。


 それはこのウルスライン・オンラインでのプレイにおいて、ある重要なファクターとなっているコミュニティコンテンツ要素の一つだ。


 システム上用意された枠組みの中でプレイヤー同士がグループを作ることによって、ソロプレイでは制限されているシステムの利用が可能になる。それはクエスト受注条件からレアアイテムの入手条件まで多岐に渡る。


 剣と魔法の中世風ファンタジーを標榜しているだけあって、その攻略対象は主に強敵の討伐やダンジョンの攻略になってくる。しかし、このゲームは戦闘行為が苦手なプレイヤーを取り込むため、武具屋や職人ギルド、果てはイベント時の売り子など、あらゆる街の施設、機能の一端をプレイヤーが担うことができるようになっている。


 それらの機能はソロでも一部楽しむことはできるが、しかし余すところなく遊ぼうと思えば全てリーグ単位での申請が必要となるため、リーグアップすることがこのゲームを楽しむ上で重要になってくるわけだ。


 その目的ごとにリーグの存在理由は分かれるため人の出入りが激しく、慢性的な人材不足に陥るリーグも多い。だからフリーのプレイヤーを見つけるとすぐに誘いがかかってくる。


 むしろ街中で突然声をかけられることは、そのほとんどがリーグへの勧誘だと思っていい。マーケットにくる途中で頻繁に誘われていたのは、実のところ全てがリーグへの勧誘だ。


「うちはコンクエストリーグなんだけど、メンバーの一人が引退しちゃってね。急遽新しいメンバーを募集することになったのよ。あなた、レベルも高いみたいだし、どうかしら?」


 リーグも目的別にその名称も微妙に変わってくる。


 コンクエストリーグとは、主に上位プレイヤー向けのハイエンドコンテンツの攻略を目的としたメジャーな組織形態だ。


「クロノっていうのね。この辺りじゃあんまり聞いたことない名前だけど、うちは初めてハイエンドコンテンツに挑戦する人も歓迎しているから、変に気負わなくても大丈夫よ」


 名乗ってもいないのに、美女は少年、クロノの名前を言い当てた。


 クロノは驚きもせず軽く頷く。彼女の右目には最初に挨拶したときから小さな赤い魔方陣が浮かんでいる。それが自分の情報を見通しているとわかっているからだ。


 このゲームには他のプレイヤーの一部情報を見ることができるシステムがある。


 それが全てのプレイヤーが標準機能として備える〈オーグアイ〉と呼ばれる拡張視覚だ。


 プレイヤーを意識して見つめることで右目の前に眼鏡レンズ大の魔方陣が浮かび上がり、名前、種族、レベル、クラス、所属リーグ、スキルやストーリー進行度などを知ることができる。


 クロノもお返しとばかりにオーグアイを起動する。瞬時に彼女の周囲にウィンドウがポップアップしたが、これは自分にしか見えていないものだ。



コーネリア・ビベット

 種族:長耳族(エルフ)

 クラス:精霊騎士 LV70

 所属リーグ《Romance of conflict (闘争のロマン)》



 高位の職業である精霊騎士、そしてさらに現状のパッチでの最高レベル。相当やり込んでいるプレイヤーとみて間違いない。


 だがそれだけではない。そのリーグ名にも、クロノは聞き覚えがあった。


 コンクエストリーグはゲームの最難関である強敵やダンジョンを攻略することが目的となる組織だが、それらはハイエンドコンテンツだけあって、クリアすればリーグ名とプレイヤー名が公式HP等にランキング形式で大々的に発表されたりもする。その名前を頼りに勧誘や引き抜きも頻繁に起こっているほどだ。


 略称、ロマコンと呼ばれている彼女のリーグもその中の一つに連ねられていたはずだ。


 決して攻略速度が速いわけではないが、安定した実績とメンバーの人柄の良さもあって評判の良いリーグだ。社会人が中心となって運営されているらしく、限られた時間の中での堅実なプレイ姿勢がネットの掲示板でも高評価だった。


 正直、条件は悪くない。名の知られたリーグに誘われるなど、願ってもない機会だ。


 どうせ所属するなら攻略に邁進できるコンクエストリーグにしようと思っていたし、自分の装備や資金状況から見ても、新メンバーとして参加しても遅れを取るようなことにはならないだろう。


 しかし、実生活ではクロノはまだ高校生だ。プレイヤースキルにこそ自信はあるが、こういった社会人中心の組織に未成年が入ったりすると、後々意識の違いやプレイできる時間帯の差から摩擦が起こって人間関係にヒビが入ったりするとはよく聞いたことがある。


「どう? わからないことがあるなら、優しく指導してあげるわよ」


 大人の色気を放つ美女からのその申し出にはかなり心が引っ張られたものの。


 クロノは、辞退することを選んだ。


「ありがたい話だけど、今回は辞めておくよ。悪いね」


「……そう、残念だわ。でも不思議ね。リーグに所属しないなら、そのアイテムの使い道が気になるところだけれど」


 話している間に競売システムの終了時間が到来し、例のアイテムはクロノの手に渡ることになった。コーネリアは受け取るクロノを興味深げに覗き込んでくる。 


 このアイテムはソロ活動で全く役に立たないということはないが、使ったとしても得られるリターンが少なすぎる。基本的にはこのアイテムを使ってでも攻略したい強敵やさらなる装備強化を謀るために使われるものだ。攻略がリーグ単位で行われる以上、リーグに所属していないクロノがどんな使い道を持っているのか、関心があるのだろう。


「ああ、これはだな。実はこれの素材をドロップするモンスターが今後のアップデートで強化されるって話を聞いたんだ。そうなると必ず高騰するだろ? 俺もいずれはコンクエストリーグに所属するつもりだし、先行投資の意味合いで今のうちに落札しておきたかったんだ」


「なるほどね。先を見据える思考力と行動力もあるなんて、ますますうちに欲しい人材なのに」


「お褒めに与り光栄だ。でもまだ吟味したくてね。あなたのところに魅力がないってわけじゃないが、今は準備に力を入れておきたいんだ。すまない、こんな俺が落札してしまって」


 コーネリアはふふ、と笑って首を左右に振る。


「オークションでの競り負けなんていつものことだし別に恨みっこはなしよ。私は次の出品を待つことにするわ」


「ありがとう。競合相手があなたでよかった」


「お互いにね。じゃあね。もし気が変わったらいつでも連絡して頂戴」


 あっさりと別れを告げてコーネリアは笑顔でどこかへ去って行く。


 クロノはその背を見送ってから、そそくさとひと目を避けるようにひとけの少ない路地に足を運んだ。






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