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久しぶりに会った友達ってどう呼べばいいかわからないときあるよね




「わたしの方がめげそうなんですけど。なんでスピカちゃん平気なの……」


 大分げっそりしてきた。


 なぜか肉体的な疲労よりも精神的ダメージの方が大きい。


 二人ともヒメリの訓練に根気よく付き合ってくれているが、わたあだよん作戦に関しては何も手応えがない。


 クロノは無反応のままだし、スピカはそんな状態でも何ら痛痒を感じていないように平然としている。


 戦闘訓練はともかくとして、わたあだよん作戦の方は段々なんか自分だけが空回りしているだけのような気がしてきて辛くなってきた。


 周辺のモンスターを狩り尽くしたため、新たな得物を求め三人はさらに奥へと足を進めた。その途中で、スピカが突然明後日の方向を向いた。


「む。あそこに珍しい薬草が生えているな。ちょっとここで待っていてくれ。わたしが採ってこよう」


「はい、お願いします。スピ子ちゃん」


 収穫スキルでも発動したのか、スピカが単身岩陰に消え、ヒメリは束の間の休息を謳歌するように一息つく。


 そんなときだった。気の抜けていたときにクロノから図ったように呼び止められたのは。


「めり子、ちょっといいか。話があるんだ」


「えぁ、あ、はい」


 ちょいちょいと彼に手招きされて、スピカとは反対側の大きな岩陰に隠れた。ここならスピカが戻ってきてもすぐに会話は聞こえないだろう。


「あのさ、めり子。俺、普段はあんまりこういうこと言わない主義なんだけど、ちょっと目に余るから言っておくよ。本当は呼び出して言うのって威圧感与えるからよくないんだけど、でも、他の人の前で言うことじゃないからさ」


 モンスターを狩っていたときとは一転して声は低く、あまりの真剣な表情にヒメリも息を呑む。


「きゅ、急になんですか……?」


「あのな……」


「ごくり……」


「スピカは『カ』だぞ? KとAだ。『コ』じゃないぞ? カがコに聞こえるなんて、めり子は滑舌が悪いんだな。でも人の名前を言い間違えてるように聞こえるのは失礼だからはやく直しとけよ。そういう些細なことがパーティの亀裂になったりするんだからな。じゃ、そういうことで」


「ち、が、うぅぅぅ!!」


 しかもスピカはSPICAでCとAだし。


 そして名前に関してはお前が言うなし。


 憐れむような目で見てくるクロノに叫び返すものの、彼はさっさと踵を返して去ってしまい、ヒメリの絶叫は森の中で空しく響いて跳ね返ってくるだけだった。





「なんてことを言ってましたけど。クロノさん」


 とスピカに隙を見て報告(リーク)すると、彼女は赤らめた頬に両手を添える。


「そうか。ヒメリの間違いを指摘できるほどわたしの名前をちゃんと覚えてくれていたんだな。嬉しい……」


「わたし間違ってませんよね! スピカちゃんのせいですよね!? っていうかクロノさん、スピカちゃんの名前の綴りのCがKとか言ってましたけど!」


「じゃあKにする。わたしもソウタとお揃いのKににゃるー」


「スピカちゃん!?」


 ソウタは今はクロノでCだから既にお揃いになっているのだが。っていうかログアウトできなきゃ名前変えられないし。


 一瞬で頭に浮かんだ説得を、ヒメリは遠い目になって一言で済ませた。


「だめだこいつら」





「スピカちゃん」


 素材集めも目標数の九割方が集め終わり、ヒメリの呼び方はさりげなくいつも通りに戻っていた。


「ん? なんだ?」


「あそこにもいます。釣ってもらえますか?」


「ああ。わかった。いくぞ」


 スピカも半分諦めているのかもしれない。渾名を呼ぶように求めてくることはなく、心なしかしょんぼりしているような表情を浮かべている気がする。


 一方、鈍感なクロノは、ヒメリがスピカの名前をちゃんと呼んでいるのを聞いて満足そうに頷いていた。


「うむうむ。名前はちゃんと呼ばなきゃな」


「そーですよねー。ほんっっきで同意します。いろんな意味で」


 スピカがモンスターの注意を引き攻撃を受ける。その際反撃は行わず、ヒメリが杖で攻撃の練習。そして最後にクロノがトドメを刺す。もう幾度も繰り返した手慣れた素材狩り&訓練の流れ。


 それから倒れたモンスターを対象にしてスピカとクロノの二人が素材回収スキルを発動させる。素材はその手順によって綺麗に保たれ、納品することができるようになる。


 モンスターは素材回収スキルを使用されると組織が分解していくように空中に四散する。その後に残るモンスターの痕跡、皮や骨や肉などの素材を回収していく。 


 リアルな世界になったのに、この部分はゲームのままだ。


「楽でいいですけどね」


 ヒメリは中腰でその様子を見ながらぽつりと零す。


 スキルを使えば血や内臓を見なくて済む。血が怖いヒメリには都合のよい世界だった。


 話によれば実際にナイフ等を使って捌くこともできるらしいが、できればその方法は避けていきたいところだ。


「あ、そうだ。スピカ」


 そんな素材回収中の一幕に、ふとクロノが呼びかける。


 すると、スピカは呆けた顔をして固まっていた。


「ん、どうした?」


 スピカはきゅっと胸が締め付けられたかのように右手を当てて呟く。


「なんだか今、とても懐かしい気持ちがした。こう、胸に湧き上がってくるというか。ソウタに名前を呼ばれたからだろうか」


 スピカが俯いて手を抱いているのを見て、ふとヒメリは気づいた。


「そういえばクロノさんって、そもそもあんまりスピカちゃんのこと名前で呼んであげてないですよね」


 指摘すると、彼は自覚があるのかないのか、珍しく驚いたように戸惑った。


「えっ、そ、そうか?」


「はい。ちなみにわたしのことは一度もちゃんと呼んでないですけどね」


「それはしかたない」


「しかたなくない!」


 自分の不満は今はさておいて。


「ともかく、せっかく一緒に行動しているんですから、ちゃんと呼んであげなきゃ駄目ですよ」


「だって、昔の仲間の名前呼ぶのって、なんか恥ずいじゃん……」


 と言って目線を逸らし、顔を赤らめるクロノ。


「この繊細マンがぁ――」


 ヒメリが腕をまくし上げたのを、当のスピカが制止した。


「いや、いいんだヒメリ。急に出て来たわたしが悪いんだ。ソウタが対応に困るのも当然だろう」


「スピカちゃん……」


 寂しげに胸の前で手を組むスピカに、ヒメリも心苦しくなる。


「あ、あー。いや、別に俺は呼ぶのが嫌とかじゃなくて……」


 クロノは言い訳のように弁解しようとするが、それは本心なのだろう。彼は純粋に彼女への接し方に迷っていただけなのだ。


 これを契機とみて、ヒメリはここぞとばかりにクロノに耳打ちする。


「ほら。ちゃんと謝るチャンスですよ。今を逃したらまた言いにくくなっちゃいます。ここはきっぱりと言葉にしてあげましょ」


「お、おう……」


 彼は躊躇いながらも素直に頷いてくれた。


 意を決してクロノはスピカの目の前に立つと、俯きながらぽつぽつと言葉を綴る。


「俺、わけわかんなくなると全部真っ白にしたくなる癖があってさ。ブランキストを抜けたのもそれが理由だったんだけど、柵みから解放されて当時は浮かれてたけど、ほんとは罪悪感もあったんだ。みんなに全部任せきりで、逃げてるだけだってわかってた」


「ソウタ……」


「悪かった。スピカに会ったのもめちゃくちゃ久しぶりだったからさ。俺、どう接していいかわかんなくて」


 心底申し訳なさそうに照れながら謝るその姿は、あどけない高校生男子そのもので。


「なんか青春だあ」


 向き合って俯く二人を前にして、ヒメリも感化されて胸にこみ上げてくるものがあった。


 ファンタジーゲームの世界の中で、まるで学校の青春ものを見ているような感じがして、なんだか自分まで嬉しくなってくる。


 クロノの謝罪に、スピカは頬を紅潮させ軽く首を振って応える。


「いいんだ。ソウタが馴染むまで少しくらい緊張したって。わたしはむしろ気にしてくれてるんだって思うから。……でも、わたしにとってはソウタの名前はソウタだけなんだ。名前が変わったのはわかっているけれど、これからも、ソウタって呼んでもいいだろうか?」


 俯いて上目使いで躊躇いがちにそう申し入れてくるスピカに、彼もまんざらではないようだ。


「まあ俺も、スピカにソウタって呼ばれるのは悪い気はしない、しな……。俺もちゃんとスピカのことを名前で呼ぶようにするよ」


 恥ずかしそうにぽりぽり頬を掻くクロノにスピカは、


「ありがとう。嬉しい」


 スピカは極上の笑顔を見せつける。その輝きにヒメリすら見惚れて言葉を継げないでいたが、すぐにぎょっとする。


 スピカが、涙を零していた。


「お、おい……」


 クロノもたまらず声をかけると、スピカは「いや、違う。大丈夫だ。やっとわかっただけだから」と言って彼を片手で制した。


「わかったって、何を?」


「ソウタにとっても、わたしはずっとスピカなんだってことだ。名前を呼んでもらえることって、こんなにも嬉しいことなんだな。知らなかった」


 スピカが自分の涙を指で拭う前で、クロノは自分の両手を見下ろして感慨深そうに呟く。


「そう、だな……。俺も沢山名前を変えてきたけど、本当に大事な名前ってのは、みんな覚えててくれるもんなんだよな……。俺もちゃんと呼ばなきゃ、みんなにも失礼だよな」


 百個の名前を持つクロノがそう思いに馳せるその隣で、ヒメリはスピカとは真逆の視線を彼に向ける。


「…………」


 特に何も言う気はないが。


 とにかく、この流れならきっと彼も理解してくれることだろう。


 それを期待して、ヒメリは黙って二人の行く末を見守った。


「俺、反省するよ。大厄震は俺にとってそのチャンスをくれた神さまの導きなのかもしれないしな」


「はは、そのためにわたしたちは巻き込まれたのか? 随分壮大な反省会だ」


「へへっ、なんか心の蟠りがちょっと解れて気分がいーや。今日はクエストが終わったら俺の奢りだ」


「へえ、いいのか。太っ腹だな。ソウタ。昔はもっと慎重な性格だったが」


「言うなよ。ブランキストにいたときはまだ高一だったんだぜ? スピカだってもっと大人しかったじゃないか。みんなの一歩後ろについてくる感じだったのに、一人で俺を組み伏せられるまで強くなったんだな」


「同い年なのは知っていたが、そう考えるとわたしたちも少し大人になったんだな。ではソウタに甘えてご相伴に与るとしよう」


「素材は十分集まったし、これなら高評価も貰えるだろ。多少のボーナスも期待できるかもな」


「ああ。だが素材鑑定士との交渉は手強いぞ。ソウタの腕の見せ所だな」


「任せとけ」


 すっかり昔に戻ったように笑い合う二人。


 それはまあいいとして。


 そしてそのときが来た。クロノが誘うようにヒメリに呼びかける。


「さあ、そうと決まったら早速クエストの報告に行こうぜ。お前もはやく来いよ、めり子!」


「なんでよぉぉぉ!」


 ちなみにレベルは高レベルプレイヤーとのパーティを組んでいたために取得経験値が大幅に減額されたせいで今日一日では上がらなかった。







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