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本名




 観念して手頃な岩の上に座り込むクロノを見下ろし、ヒメリとスピカが確認しあう。


「まとめますと、クロノさんは前はソウタさんで、スピカさんと一緒のリーグにいたと」


 スピカは腕を組んだまま小さく頷く。


「かつて覇権を恣にしていたトップクラスコンクエストリーグ・ブランキストのソウタ・ヴァルゴと言えば、団長と双璧を成す優秀なストライカーとしてゲーム系メディアにも紹介されるほど有名だったんだ」


「へー、なんかすごいんですね。ちなみに名前の由来は?」


 と疑問を向けたのはクロノ本人にだ。


「あ、えと、俺の下の名前と、あと俺、乙女座だから」


 降参した直後に不意に向けられた質問。思わず正直に答えるクロノだが、その答えにヒメリは逆上する。


「あーっ! 人には本名使うなって言っておいて! しかも名字の由来がダサい!」


「下の名前だけだからいいんですぅ~! 世の中に乙女座のソウタさんが何人いると思ってんだ!」


 二人が怒鳴り合う横で、スピカはきょとんとしていた。


「何を言い争ってるんだ?」


「この人が! 名前に本名を使うなって言っておいて! 自分も使ってるんです!」


「なあ、めり子の名前どう思う? 本名だぜ本名」


 クロノがしつこく揶揄してくるが、スピカはあっけらかんと、


「可愛い名前だと思うが、ダメなのか? 本名って」


「スピカちゃん……」


「いやあのな、リアルバレがうんぬんかんぬん……」


 クロノがまた喚き始めたが、スピカはそれを遮るようにあっさりと打ち明ける。


「わたしも本名だぞ? 全部」


「「は?」」


 突然の告白に、二人とも数秒思考が止まっていた。


「でも、スピカって」


「うん、名前だな」


「シュピーゲルって」


「うん、家名だな」


 二人に交互に頷き返し、スピカはそれが冗談だとは最後まで言わなかった。


「「本名?」」


「母親がドイツ人なんだ。生まれは向こうだったけど、育ちは完全に日本でな。だから日本語しか喋られないが」


「ど、どいちゅ!」 


「まじでか」


 新事実に旧知のクロノも言葉少なに唖然としていた。


 スピカが言うには、シュピーゲルという姓はドイツでは実際にあるもののようだ。日本では小説や楽曲で有名な名前だけに、そこから拝借したのだろうとみられることが多かったとか。


 スピカは呆気に取られている二人を前に、その肩に一房だけ流麗に輝く金髪を恥ずかしそうに指先で弄ぶ。


「普段、名前のせいで外国語喋れるだろうって迫られることが多くて肩身が狭くてな。でも、この世界の中ならわたしの本名でも不自然じゃないだろう? 人から名前を呼ばれることに抵抗がない世界があるんだって、すっかり嵌まってしまったんだ。まあもっとも、大厄震で帰れなくなっては関係のない話ではあるが」


 と極自然に語るスピカだが。


「なんか、しゅごい切ない理由なんですけど……」


 理由を聞いて胸が苦しくなった。


「こ、こんなとこにもいたなんて……ネットリテラシー弱者サンドじゃねえか……」


 その隣で、なぜかクロノも別方面でショックを受けていた。


「そうだ。それはそれとして、どうしてソウタは名前が変わってるんだ?」


 本題に戻ったスピカにクロノが息を詰まらせ後ずさった。


「ゔ」


「突然いなくなったりして、わたしはとても心配したんだぞ」


 顔を近づけ詰め寄るスピカに、クロノはたじろいで顔を逸らす。


「あー、それは、だな……」


「ここまできたらもう隠さない方がいいと思いますけど」


 後ろからヒメリが言うと、クロノは観念したように肩を落とした。


「しかたない……」






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