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スピカ




「とにかく。わたしのポイントの振り方が悪かったってのはわかりました。でも、ポイント使い切っちゃいましたけど、振り直せるんですか?」


「一度割り振ったスキルポイントを振り直すためには特殊アイテムが必要なんだよ。直感極振りワイルドめり子には縁遠いもんだけどな」


「むーっ」


「ポイント割り振りリセットはおいおいやるしかないだろうな」


「じゃあ特訓て言ってもあんまりやれることないんじゃないですか?」


「めり子のレベルが今7だろ。あと1上げれば次の魔法が覚えられるはずだから、それでなんとか治療師として使える水準まで上げるしかねーな。それでも仲間としての連携は取りづらいけど、ギルドリーグの簡単な仕事ならなんとかやれるだろ」


 クロノの言葉はなかなか辛辣だが、それも嘘ではないのだろう。


「はぁ。じゃあまずはレベル上げが必要ってことですね」


 ヒメリは納得しつつも短く嘆息する。こんな森の中に連れてきたのは、モンスターを倒しつつ経験値を稼ぎ、ひとまずレベルを上げてしまおうという彼の狙いがあってのことだったようだ。なんとなく予想できていたことではあったが、元がゲームな以上、戦わないと強くはなれないらしい。


 後ろから声が割り込んできたのは、そんなときだった。


「そこの君たち。今の話をどこで聞いた?」


「へ?」


「ぶっ」


 声の聞こえた方向に振り向くと同時、なぜかクロノが吹き出した。


「今の話だ。スキルの使い方とポイントの振り方の。特に黄金比のことだ。わたしの知っている話と全く同じだ。誰からそれを聞いた?」


 姿を現したのは、同性のヒメリですら見惚れてしまうような、長い金髪に騎士鎧を着込んだ美しい少女だった。その鎧がまた目を惹き、まるでドレスのように大きく肩が露出していて、白い肌を惜しげも無く露わにしている。


 そんな美麗なアーマード・ドレスに身を包んだ少女は、その鎧すら引き立て役になるような形の整った端麗な顔でこちらを軽く睨み、ブルートパーズの目に疑惑を色濃く乗せている。


「だ、誰って……」


 その女騎士の鋭い目線から逃げるようにヒメリは隣にいるクロノを横目で追う。


 彼は両手の二本の指をぴんと伸ばして自分の両目に当てて隠していた。某ウルトラヒーローのように。


「……なにしてんですか?」


「話しかけんな。あいつの注意を俺から背けろ」


「はあ?」


「聞いてるのか? 悪いが調べさせてもらうぞ」


 答えない二人に痺れを切らしたのか、女騎士が詰問するように言うと同時、彼女の右目の上には赤い紋が現れる。


「あ、オーグアイオーグアイ」


 つられてヒメリも起動した。彼女の情報がヒメリの視野にも浮かび上がる。


 

 スピカ・シュピーゲル

  種族:光輪族(アンヘル)

  クラス:カヴァレリスト LV70

  所属リーグ 〈Brankist)  



 金髪の騎士は、二人を交互に見てわずかに残念そうに瞳を閉じる。


「ヒメリ、そしてクロノか。聞き覚えのない名前だ。わたしの気のせいだったか。すまない、威圧的になってしまって」


「い、いえ」


「そうそう、キノセイダヨー」


 黙っておけばいいものを、クロノの余計な奇声のフォローは逆に騎士の注意を買っていた。


「ん、ちょっと待て。お前、顔をよく見せろ。なぜそんな奇妙なポーズをしている」


「おまっ、待て。掴むなって」


「なら逃げるな。どうして顔を隠す!」


 スピカはクロノの腕を素早く掴み、目を隠す手を引き剥がそうとするが、彼も負けじと自分の顔に手を押しつけるため、中々顔が出てこない。


 その強情さにスピカはさらに疑惑を深めたらしい。諦めるどころかさらに力をこめていく。


「わたしはある男を捜しにここまで来た。もしやお前はその仲間なんじゃないか!」


「ちげーって! 何の話かわかんねーし!」


「とぼけるな! だったらなぜ顔を隠すような怪しい真似をするんだ!」


 必死に逃げようとするクロノだが、女騎士スピカの力と体術は男顔負けのもののようで、抜けたと思った腕もすぐさま絡め捕られてクロノは徐々に追い詰められていく。


「え、えと、えっと……」


 ヒメリが「オーグアイで名前わかるのに目を隠して意味あんのか?」と疑問を抱きながら戸惑いまごまごしている内に、二人の取っ組み合いは決着していた。


「おわぁっ!」


 押し倒されたクロノに覆い被さるようにスピカが抑えつける。クロノの手を顔から完全に引っ剥がすと、手首を地面に押しつけて顔をまじまじと見はじめた。


 じいいいぃぃぃぃぃぃっと顔をくっつくほどに近づけて見つめた直後、彼女は何かに気づいて目を丸くさせた。


「………………………………ソウタ?」


「だ、誰っすか~、それ~」


 クロノが乾いた笑いで誤魔化そうとするものの、スピカはつられなかった。


「容姿が多少変わったとはいえ、わたしにはわかるぞ。それにその指輪! 昔馴染みだった職人の名が彫ってある! リーグでみんなに配っていたやつだ!」


 スピカがクロノの指に嵌まっている指輪装備を指さすと、彼はぎくっとした顔をして拳を握り隠そうとする。 


「な、ナンノコトカナ~」


「それだ! そのカタコトな誤魔化し方! やっぱりソウタじゃないか!」


「チチチチチガイナスヨ~」


「絶対ソウタだ! なんでこんなところにいるんだ!?」


 ヒートアップしてクロノの胸ぐらをがっくんがっくん揺らしているスピカに、ヒメリがおずおずと訊ねる。


「あの、ソウタって誰ですか?」


 スピカは振り向いて、ヒメリにも問い詰めるように厳しい声色で訊いた。


「こいつのことだ。こいつはソウタだろう?」


「違うって……」


 否定を重ねるクロノを遮って、なんとなく事情を悟ったヒメリがぽつりと。


「ああ、また前の名前ですか」


 スピカは怪訝な顔をしてヒメリに聞き返してくる。


「また? 前の名前?」


「ちょっ、めり子、バカ」


 そこでヒメリは気づく。


 どうやらクロノは彼女にバレたくないらしい。スピカはクロノの昔の知り合いのようだが、この様子を見るに、クロノの方が彼女に対して後ろめたいものを抱えているようだ。


 ほぼバレているようなものとはいえ、これはさっき散々馬鹿にされた仕返しのチャンス。


 ヒメリは、クロノにだけわかるようにふっと笑い口角を上げて見せる。


 彼もその意図に気づいたようだ。慌てて手を伸ばそうとするが。


「おまっ、その復讐の仕方はズル――」


 言いかけたクロノに、ヒメリは顔を背けて知らんぷりして彼女に告げる。


「この人しょっちゅう名前を変えてるらしいので、多分その中の一つじゃないですか?」


 スピカは、クロノの胸ぐらを掴み起こすともはや確信したように問いただした。


「しょっちゅう名前を変えるぅ? ソウタ、どういうことだ?」


「ハ、ハハハ……」







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