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グレート・ウォール




 ギルドリーグで無事登録を完了させたヒメリは、クロノと共にラトオリの正門に向けて歩いていた。


「なんで俺が……なんで俺が……」


 青い顔をしてとぼとぼ前を歩きぼそぼそ呟くクロノ。


「いつまでぼやいてるんですか。回復魔法の特訓してくれる約束ですよね? わたし、頑張りますよ。ギルドリーグで働くために必要なんですから」


 後ろからふんす、と鼻息荒く杖を掲げてヒメリはやる気を見せる。


 一方、クロノはふてぶてと文句を零してくる。 


「あのやろう。俺を好き放題に使いやがって。俺のこと無料WIFIとでも思ってるんじゃないだろうな」


「アリスさん、すごく聡明で親切な方じゃないですか。全然、クロノさんが言うような感じじゃないと思うんですけど」


「めり子は知らないんだよ……あいつがどれだけ男たちを狂わせているかを……」


 ぶるぶると身体を震わせるクロノ。


「あー、もしかしてクロノさんも昔アリスさんと何かありましたね?」


 指さしてからかってそんなことを言ってみると、


「やめろ。マジでそれはやめろ。俺はまともだ。まともなんだ……」


 頭を振り返らせてクロノは苦い顔をして睨んでくる。


 本気で嫌がってるようなのでヒメリはそれ以上からかうのはやめておいた。


 代わりに視線を近くの建物の上に向ける。


 そこには二階建ての家屋よりも高い、ラトオリを囲む壁の一部が顔を覗かせている。


「壁、かあ」


 ラトオリは壁に囲まれた街だ。石でできたその壁は容易に登れるものではない。


 そのさらに上にある青い空を見上げ、その高さと遠さにヒメリは、ほぅ、と溜息をつく。


 アリスから聞かされたこの世界の謎を解く鍵。


 それはこの壁よりも遙か高く、今のヒメリでは決して届かない場所にあるという。


 話では今もベテランプレイヤーたちが元の世界に戻るための方法を探しているらしいのだが、彼らが探索を続けている場所というのが高レベルのモンスターが跋扈する難易度の高いフィールドらしい。


 元の世界に戻りたいという想いはヒメリも同じだけれど、レベルの低いヒメリにできることといったら、この世界に残る多くのプレイヤーたちのために日常生活で求められる仕事をこなしていくことくらい。


 でもその程度のことすら、ヒメリはまだ実力不足だと言われてしまった。


 意気揚々とラトオリのギルドリーグに来たものの、門前払いを喰らった形だ。


 ウェスナに舞い戻るのも憚れたため、ヒメリは治療師としてのスキルを磨くべく、特訓をする運びとなったのだった。


 指導員は前を背を丸めて歩くクロノだ。見るからに乗り気ではないが、他に知り合いもいないヒメリは彼しか頼れる相手がいない。


 こうしてクロノがヒメリに付き合っている状況の顛末は、この世界にあるという謎の壁、グレート・ウォールの話をアリスから聞いた十五分前に遡る。








「――グレート・ウォール……。なんですか? それ」


 またアリスが出してきた謎の固有名詞に、ヒメリはまた疑問符を浮かべる。


「スパポジの前にも存在していたんだけど、この世界には、なぜか決して越えられない高い高い壁があるの」


「壁……?」


 大厄震、観測者X,そして……壁。


 その三つの中で一つだけやたらと現実的な物体に、ヒメリは繋がりを感じられず首をひねる。


「その壁は一切攻略にも関係してこないし、途中までしか昇ることができない――できなかった壁。開発が何のために作ったのかがわからない。ただのエリアを遮る壁なのか。今後の大型アップデートで開発される予定だったのか。存在意義すらわからない謎の壁」


「景色用に山とかを作るのが面倒くさかったとか……?」


「そうだとしても、自然の造形物よりも遙かに細かく細部まで拘って作られているのよ。手間を惜しむならもっと単純な造りになっているはずでしょ?」


「確かに……。それならやっぱりアップデートのときに使うつもりだったのかもしれませんね」


「そう。そしてその予測が当たっていたとしたら、その壁、〈グレート・ウォール〉の向こう側は、まだ製作されていない可能性が高いと考えることができるわ」


「まあ、そうですよね」


 と、顎に手を当てて当たり前のように頷くヒメリ。


「そうなのよ」


「そうなんですね……」


「そうなの」


 アリスはヒメリの答えを待っていたのだろうが、当の彼女は何がなんだかで疑問符を重ねることしかできなかった。


「えっと?」


 アリスはどこか教師のような話の仕方をする。元は本当に教師だったのかもしれない。


 答えを一方的にまくし立てることはなく、話し相手の理解を理解しながら、答えに向かって導いてそれを相手に見つけさせる。


 今回はヒメリが鈍かったために上手くいかなかったが。


 ではもう一つヒントをあげましょう、とでも言うように、アリスは苦笑する。


「必要なのは観測者Xよりも一足早く、現実とゲームが融合したこの世界の矛盾――バグを見つけ出すこと。仮想現実を現実にする観測者Xにとっての一番の弱み。それは仮想現実(シミユレーシヨン)されていない場所、ということになるわよね?」


 アリスの何度目かの答えの誘導によって、今度はヒメリもそれを口に出すことができた。


「そっか。まだ実装されていない場所なら、観測者Xはそこがどんな場所か知りようがない。じゃあその壁に登ってまだ誰も見てない向こう側を見つければ……!」


 アリスの話によれば、この世界はまだ変化を続けている最中なのだという。


 観測者Xが世界を全て変えきっててしまう前に、この世界のバグを見つけること。それが脱出の鍵。


 世界がゲームのままであることの証拠が観測されれば、世界は元に戻るかも知れない。


 希望に満ちた目を向けてくるヒメリに、アリスは頷いてから肩を竦めて答える。


「でもあんなところに行ける人なんてほんの一握り。周りにはハイクラスのモンスターが跋扈しているそうだし、最先端を走っていたコンクエストリーグじゃなきゃ実現は不可能でしょうね。この世界には飛行機の類いはないし、ポートゲートは一瞬で移動できるけど、決まった場所にしか行けないし」


 見えた希望の難解さに、ヒメリは肩が落ちる。


 レベル上限の彼らでさえそんな状況なのだ。7しかないヒメリにできることと言えば。


「誰かが壁に登り切るのを待つしかないってことなんですね」


「そう。その間、私たちは私たちでこの世界に順応して待ち続けていくしかない。というかそんな人の方が大多数ね。悔しいけれど」


「そっかあ。そうですよね……」


「だからといって攻略組の冒険をただ待つわけにもいかない。この世界が現実と化した以上、私たちには生活する上で必要な仕事が沢山ある。食う、寝る、誰かを好きになる。生活には仕事がいっぱいよ。私の仕事もそう」


 何か一つ変なものが混じっていた気がするが、そこは無視して。


「アリスさんの仕事って、ええっと、ギルドリーグでしたっけ」


 アリスは頷く。


「リーグの役割が先鋭化していくほど、雑多で時間だけがかかる面倒な仕事は外注に出したいって思うものよ。そんな仕事がここには集まるの。いわば短期アルバイトみたいなものね。リーグとプレイヤーを繋げる仕事を担うのが、ここ、私のいるギルドリーグってわけ」


「……ハロワリーグ」


「クロノくんは黙ってなさい」


 丁度ヒメリの背後をモップがけしていたクロノがぼそっと呟いてきたのに釘を刺してから、アリスは顎先で壁際にある掲示板を指した。そこには木の板を埋め尽くすように人員募集を訴える書面が貼り付けられている。


生産系(クリエイト)リーグは集めるのが面倒な素材をいつも欲しがってるし、医療系(メディカル)リーグは人手が足りないことが常態化してる。今まではゲームのNPCたちが発注していたクエストを、私たちプレイヤー自身が発注し請け負っていく仕組みができてきた」


「みなさんの努力が実ってきたんですね」


「元の現実世界とは大分勝手が変わってくるけれど、運営に頼ることもなく私たちは私たちでこの〈閉じられた世界〉の中で経済を回すことができるようになった。これはプレイヤーたちの大きな進歩ね」


「わ、わたしでもできますか?」


「もちろん。私は各種リーグの仕事とあなたのような冒険者プレイヤーの仲介と斡旋をしているんだから」


「よかったぁ。わたし、ウェスナじゃリーグどころかクエスト紹介所にもなぜか嫌厭されて、ずっと自給自足だったんですぅ」


「そ、そうだったの。逆によく生き延びてこれたわね」


「わたし、ゲームあんまり得意じゃないし、街の周りの一番弱い敵だけ倒してたらなんとか……」


「じゃあどうしてこのウルスラインオンラインをやろうと思ったの?」 


「このゲームは景色を見るだけでもすごいって聞いて、冒険とかする勇気がでなかったので最初の街で歩き回るだけだったんですよね。だからレベルも全然上がんなくて」


「なるほどね」


 そうしている内に顔見知りも多くなって初心者扱いもされなくなり、レベルを上げないのはサブアカウントだからかと見做されて顔なじみからはリーグ勧誘が減っていったという側面もあったのだった。


「でもお仕事を紹介してもらえるなら! わたしはヒーラーなので! 医療系リーグのお仕事とかもきっと大丈夫です!」


 杖を掲げて決めポーズをとるヒメリに、アリスは微笑む。


「わかったわ。ギルドリーグのお仕事から、医療系や商業系のリーグに採用されることもあるから、頑張ればそこからきっとリーグにも所属できるはずよ」


「本当ですか!」


「でもその前に。ちょっと一回回復魔法使ってみてくれる?」


「えっ、あ、はい。こんな感じです」


 ヒメリは自分の腕に魔法をかけてみせた。淡い光がヒメリを包んだ。


「ふうん……」


 アリスがその様子を目を細めて眺めていると、不意に。


「クロノくん」


「おっ、おう。なに?」


 ちょいちょいと呼び出されるクロノだが、気が抜けていたのか慌てて返事をする。


「次の仕事の依頼なんだけど」


「ああ、次はなんだ?」


 クロノはモップを肩に掛けて佇まいを直す。仕事の話となると集中するようだ。根は真面目な男の子なのだろう。


 そんな彼にアリスもまた真剣な面持ちで告げる。


「ヒメリちゃんの魔法スキルの特訓をしてあげなさい」


「「は?」」


 二人同時に不可解な表情を示してアリスを見返す。


「ヒメリちゃんの要望はわかったわ。できればすぐに医療系リーグを紹介してあげたいところだけど、正直なところ、ここ第二の都市ラトオリでも力不足感は否めないわね」


「そ、そんなあ」


 大厄震だの、観測者Xだの、グレート・ウォールだのと言っていた矢先にこの落差。


 悄然とするヒメリを励ますようにアリスはウインクをする。


「だから最低限、ヒーラーならヒーラーとしてのスキルを身につけていないとね」


「な、なんで俺が」


 反抗的なクロノに、一転、アリスは目を細めて鋭い目つきに変わる。


「女の子を連れてきたんだからちゃんと責任取りなさい。ヒーラーの初歩くらいはわかるでしょ。いい? これは正式なギルドリーグからの依頼だからね。達成できなかったらペナルティがあるから」


 それで話はお仕舞い反論は聞きませんとばかりに、アリスは「書類を用意してくるからそこで待ってなさい」と言い捨てて奥に引っ込んでしまった。


 取り残された二人は、カウンターの前で呆然と口を開ける。


「こんな理不尽な仕打ちが世の中にあっていいのか……? ……名前変えようかな」


「ログアウトできないでしょ」


 絶望したようにクロノが肩を落とす隣で、ヒメリも一応突っ込んでおいた。




 というわけで、クロノがヒメリの指導を任されることとなったのだった。









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