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人間関係リセット症候群




 クロノに案内されて入った古風な洋館。


 ここがギルドリーグと呼ばれている施設らしい。中には広い待合室があり、その奥には酒場のようなカウンターが据えられていた。その中に立つ見覚えのある顔に、ヒメリは思わず声をあげる。


「あっ、さっきの!」

 

 銀髪の偉丈夫。さきほど広場で花束を向けられていた男性だった。


 確か、「アリス姫」と呼ばれていたような気がしたが。


「あらあら、おかえりなさい、キアンくん。その子は新しい彼女?」


 他称アリス姫こと銀髪の男性は、柔和な口調でクロノを迎え入れ脇の席を促す。


「ちげえし。名前もちげえ」


 クロノが悪態をつきながらその席につく。ヒメリも隣に追随しながら、聞き間違いだっただろうかと疑ったその名前を口に出した。


「キアンくん?」


「そうだったわ。今はクロノくんだったわね」


 アリスはそれが自分の失言だったと気づいて、フー、と息を吐いて片手を乙女チックに頬に当てた。


「今は?」


 意味が呑み込めず、ヒメリは首を九十度に傾けて聞き返す。


「あら、一緒にいるのにあなたはまだ知らないのね」


「さっき知り合ったばっかなので。ニックネームとかですか?」


「いいえ。彼の昔の名前よ」


「昔の名前?」


 意味が呑み込めずヒメリは繰り返した。自分の名前に今も昔もあるのだろうか。


「彼、しょっちゅう名前を変えてるのよ。私が知っているだけでも五つくらいの名前はあるもの。大厄震以前は公式の有料サービスで名前変更ができたのは知ってるかしら? 多分私の知らない名前も沢山あるでしょうね」


「やっ、ややこしい……なんでなんですか、それ?」


「さあ……。本人に訊いてみたら?」


 にやにやと笑うアリスに従って、ヒメリはクロノに目を向ける。


「一体何回くらい名前変えたんですか?」


 疑問を躊躇いなくクロノにぶつけるヒメリ。対して彼はあからさまにうざったそうに顔を顰めてくる。


「なんでめり子に教えなきゃいけねーんだよ」


「いいじゃないですかそれくらい。別に驚きませんから」


「……………………100回」


「そんなに?!」


 驚いてんじゃねえか、という彼の小さな呟きは聞かないことにした。


ヒメリには自分のアバターの名前を変えるという発想すらなかったのだ。それが100回もと聞かされれば、さすがに驚きも口から出てくる。


 アリスもその回数までは初耳なのか多少驚いたようで、呆れたように口を開く。


「最初にキャラメイクしたときにつけた名前を含めれば、全部で101個ってことよね。よくもまあ、そんなに名前を思いつくものだと思うけど」


「ほっとけ」


 ふん、と彼は顔を背ける。


「なんで何回も名前を変える必要があるんですか? そんなに自分の名前が気に入らなかったんですか?」


 矢継ぎ早に訊ねるヒメリに、クロノは「はあ?」と馬鹿にしたように言う。


「わかんねえの? これは自衛だよ自衛。めり子、このゲームではな、同じ名前を持ち続けているといろいろと不都合と不利益が降りかかってくるんだ」


「でも、本名じゃなくてキャラクターの名前、つまりペンネームみたいなものですよね?」


「だからって完全な匿名ってわけじゃないだろ。いくらキャラクターネームだっつっても、個人の名前ではあるんだからな。危険を回避するためには、名前を変えるっていう柔軟性も必要なんだよ」


「あんまりそのシチュエーションが想像できないんですけど」


「例えば、俺が以前、とあるリーグのリーダーに誘われて所属したときのことだ」


 クロノは腕を組んで深刻そうに顔を歪めながら話し始めた。


「意気揚々とリーグに入団して、俺は遠隔地連絡用デバイスに元気よく挨拶した。当たり前だ。リーグ単位で攻略を進めていく以上、一緒に過ごさなきゃならない仲間なんだからな。今いる場所が離れていても第一印象ってのは大事なんだ」


 メンバー同士はいつも近くにいるとは限らないため、リーグにはメンバー間で気軽にコンタクトを取れるように専用チャンネルが設定してある。クロノはそこに向けて挨拶したということだろう。ヒメリにもなんとなく理解はできた。


「まあそうですよね」


「だろ? なのにあいつら」


「……ごく」


 そのリーグの古参メンバーから何か手ひどい仕打ちでも受けたのだろうか。新人教育のような。それで、彼は逃げるために……。


「俺が滅茶苦茶凝()った挨拶したのに、誰も反応しやがらねえんだよ」


「……はあ?」


「なんで無言?! 俺リーグ入ったばっかなんだけど!? 話題超振ってるんだけど!? なんで誰も返事しねえんだよ! 新人をもっと構えよ! 誘ってきたのおまえらだろ! なんで新人の方が気を遣って話振ってるんだよ! 逆だろうが!」


 彼はその時のことを思い出して怒りが再燃したらしい。語気を荒げて叫び拳を握る。


「ええと、それでもしかして名前を……?」


「変えたよ! 即行変えた! リーグ抜けてまた再スタートした!」


「な、なんで名前まで変える必要が……?」


「だって、あいつすぐリーグ抜けたやつだって街ですれ違う度に思われるだろーが!」


 叫び倒すクロノに、ヒメリは頬をひくつかせる。


「り、理解できない……」


 すると横から唐突に、アリスが言い出した。


「あなたたち、()()()()()()()()()()()って知ってるかしら?」







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