理不尽な聖女と幼馴染の僕
「わ、私が聖女ですか…?」
「ええ、間違いありません。あなたの天職は‘聖女,です。」
その短いやり取りの後、一瞬で静かになった教会が一気に沸いた。
「すげえ!こんな田舎から聖女が出た!」「ありえねぇ!」「今日は宴だ!」
村の皆は口々にそう言うなかで、僕は一人、口をぽかんと開けて、固まっていた。
…信じられない。
いつも理不尽で、ワガママで、僕をパシリ扱いするクレアが‘聖女,なんて…僕は教会を飛び出して叫んだ。
「やったー!!あの暴君から解放されるー!!これで僕にも平和な日常が過ごせるんだー!!」
雲一つない青い空、輝く太陽が僕の涙と歓喜を受け止めてくれる。ああ、世界はこんなにも美しかったんだ。僕は解放された気分だった。
「なーにやってんのよ。パシリウス。まさか、私が聖女になったからって喜んでるわけじゃないでしょうね。」
僕はびくっと驚き、声が聞こえた後ろを振り向いた。暴君がいた…
クレアは幼い頃から注目の的だった。大きくやや垂れ気味の目、可愛らしい小さな唇、スッと通った鼻、夜空のような黒く長い髪、雪のように白い肌、一つ一つが芸術品じゃないかと思うほどの整った顔だった。もちろん周りの人からも好かれ、クレアも可愛らしい笑顔を振りまいていた。しかし、彼女はいつも僕に我儘を言ってきた。
―シリウス、お菓子買って来て
―シリウス、お水汲んできて
―シリウス、お人形遊びしましょ。はいと言いなさい。
―シリウス、お腹すいた。ケーキ作って。命令よ。
―シリウス、あなたがこの皿を割ったの。いい?返事は?
―シリウス、呼んだだけよ
思い出したらキリがない。断るとすごい目で睨んでくるし、わんわん泣き出すので、しぶしぶ従っていた。クレアの両親はいつもクレアと遊んでくれてありがとうと言われるし、僕の両親も大きくなったらクレアと結婚するの?とにやにやしながら言われた。違うみんな誤解してるんだ。あいつは妖精の皮をかぶった暴君なんだと言おうとしたが、クレアから何をされるかわからなかったから何も言えなかった。
―僕はヘタレだった。
「ちょっと!無視、無視なの!?パシリウス聞いてるの!?」
いかん、色々と思い出してぼーっとしてた。涙でそう…
「そ、そんな訳ないじゃないか。クレア。ちょっとあまりの出来事にびっくりしただけだよ。」
「ならいいけど…教会に戻るわよ。あんたの天職も見てもらわなきゃ。いい?あんたは私の下僕なんだから勇者とか剣聖とかを当てなさい。絶対よ。」
クレアは僕を連れて行く気のようだ。そんな簡単に伝説級の職業を当てれるかと思いながら、僕はわかったと言い、クレアに手を引かれながら教会に戻っていった。
この世界には天職という物がある。勇者、剣聖、賢者などの伝説級のものから農家、商人、漁師などの一般的なものまである。十二歳になると成人と見なされ、教会に行って女神様の神託を受け、適した職業を言い渡される。あとは神託に従うか、それとは別の職につくかは本人の自由だが、ほとんど皆、天職につく。クレアの‘聖女,は伝説級のものだから王都に行って、修行をしなければならない。僕のようなヘタレが伝説級の職業を当てるわけないので、村に残って仕事をすることになるだろう。クレアとはお別れだと思うと、なぜか少し寂しい気持ちになった。
教会に入ると僕以外の子たちは神託を受けた後のようで、最後になってしまった。
「ほら、あとはシリウスだけよ。行ってきなさい。」
(絶対に当てるのよ。いいわね。)
…気のせいかな。クレアが僕を脅しているように聞こえる。それとなんか圧を感じるような気がしたけど…気のせいだよね。うん。
僕はわかったと言って、神父様のいる講壇の前に立つ。一度ちらりと後ろを見ると、僕の両親とクレアの両親が笑顔で手を小さく振ってくれた。クレアは笑顔でこちらを見ているけど、瞬きもせずに僕を見つめていた。
「君で最後だね。では、この水晶に手を当てなさい。」
「わかりました。お願いします。」
僕はドキドキしながら丸い水晶に手を当てて、神託がくるのを待った。水晶が光った。神託が来た証だ。
「神父様。僕の天職はなんですか?」
神父様は僕の問いかけに答えず、目を見開いて。食い入るように水晶を見つめている。
「なんだこれは…」
神父様が小さく呟いた。しばらくして、神父様は大きく息を吸い込み、ふーっと吐いた。教会にいる皆もシンと静まり返っていた。まさか、僕が伝説級を当てたかと思ったけど、すぐに否定した。いや、もしかして、天職がないとか
悪い方にどんどん考えが向かっていく。神父様にもう一度、呼びかけようとした瞬間…
「あなたの天職は‘聖女の保護者,です。」
へっ…ナニソレ…???
聖女が後ろでほくそ笑んでる気がした。