六話 欠落
「おい、何を考えてる……」
「何を、って?」
「何故今更あそこへ戻る必要があるんだ?」
「何か問題があるか?」
有るに決まっているだろう?
危険だ
おそらく、他の村人に見つかる。
そうすれば、又殺される。
村人は、その家族は、僕を許さないだろう。
きっと
僕を八つ裂きにしようと構えているに違いない。
そんな処へわざわざ行こうとするなど、狂気の沙汰だ。
自ら、命の危険にさらされるようなものだ。
この男は、そんな事も分からないのか?
そう口を開こうとしたとき、いきなり華梁に頬を殴られた。
強い衝撃と共に、思わず地面に倒れ込む。
「……何をするんだ?」
「痛いか?」
「当たり前だ」
「だろうな。人の体ってのはそういう風に出来ているからな。」
「……はぁ?」
「痛い時には痛いと感じ、心地の良い時には心地よいと感じる。
飯を食えば、飯の味がするし、音が鳴れば聞こうと思わずとも耳に入る。
――それほどまでに人の体っての は便利に出来ているのさ」
「なに、当たり前の事言っているんだ?」
「当たり前ね。そうだな、当たり前だからこそ、人は救われてる」
急に何を言い出すんだ、この男は――
「……お前が当たり前と言っていること
――あって当然と思っている人のあり方。
楽しいときは楽しいと感じ
嬉しいときは嬉しいと感じる
怒っているときは怒り
悲しいときは涙をながす――
そんな当たり前だ。
皆が持ち、皆が自在に、自由に使うことが出来る、なによりも有難い当然のあり方。
おまえが何もありがたみを感じない位に、当然のように使いこなしているその体。
しかし、
――その当たり前だったものを、いとも簡単に壊したのは誰だ?」
びくり
刃物を突きつけられたような感覚がした。
冷たい汗が、僕の背を這う。
「……後悔はしてる。が、ああしなければ俺が殺されてた。」
「何、責めるつもりは毛頭無し、道徳を説こうとも思わない。
憂を責め、説き伏せたところで死者はよみがえったりはしないからな」
ただ――と華梁は続けた。
「悔いてはもらう。
人の体とはそう簡単に壊しても良い代物ではないんだ。
今のお前にはその考えが欠如しているんだよ。」
なにを
なにを言っている?
「そんなことはない」
「あるさ」
ない
無いはずだ
そんな考えが欠如したら、
僕は本当にけだものになってしまう。
「ふうん」
「……何が言いたい?」
「おそらくお前はこう考えたんだろ?「今行けば、いつまでも帰ってこない村人を心配した人達が探しにやってきているかもしれない」とかさ」
「……それが、どうした」
「その考え方こそが欠如している証拠だろう?死んだもののことよりも、自分のことを優先的に考えている……まあ、それが普通なのかもしれないがね。……ただ、お前は決定的に欠けている。
――思い出せ。俺が迎えに行ったとき、いやその少し前、か。 ――ほら穴の中で、何をしていた?」
華梁が、―――迎えに来る前?
洞穴の中で――目を覚ましたとき、か?
何もしてない。
してない、と思う。
水滴の音で、目を覚ましたのは覚えている。
しかし
それ以前は、気を失っていた、はず、だ?
――よく、覚えていない。
記憶は曖昧だが、僕のことだ。
おそらくほら穴の奥で、
追っ手が来るのを恐れてがたがた震えていただけだと思う。
「思い出せないのか」
「――しらない、他の奴に襲われないように身を守っていただけのはずだ」
そうだ。
僕は、自身の身を守っていただけだ。
それの、何が悪い。
僕はほら穴の中で身を守っていただけ。
それだけの、はず――
「……本当に覚えてないのか?」
驚いた顔をして、華梁が言う。
「お前は――俺が洞穴の前で会う前、ずっと――」
「中で、動かない死体を殴り続けてたんだぞ?」