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闇路妖狐  作者: 狐禅
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第三十五話 正邪善悪問答

「この鈴の音は、邪気を払います」


娘は、云った。


「邪気を、払う?」


――その、神楽鈴は、「邪気を払う武具」だというのか?


そんな――


それは


その神楽鈴は、


――その程度の、武具だったのか?


「愚かな……」


己の口が、無意識に、そう呟いていた。


邪気を払う神楽鈴。 それで神を払うつもりなのか?


邪気、つまり、「悪と成す」気である。


それに対して、神は正気、清浄の善気であることは幼子おさなごでも識

りうること。


神は正気。


そして、娘の持つは、「邪気」を払う神楽鈴。


娘が使っていた神楽鈴が本当にその程度のものならば――





そんなものは、わしには効かぬ


なぜならわしは


人の、「正気」として、生まれたものであるから……








「効かぬ、と思いましたね」








と、

娘は、まるで考えを読み取ったように、そう言った。


「己が、「邪気」では、ないと? そうおっしゃるのですか?」


聞いて、


娘がくつくつと嗤った。


まるで、無知を愚弄するかのような笑みであった。


「神を、邪気と申すか、小娘?」


「本当に、あなたは何も分かっていないのですね」


そう、娘が云う。


「こんなことを考えた事はありませんか?」






――人を殺すのは、善か悪か。






娘は、そう言った。


「――何?」


――相変わらず、娘は支離滅裂な物言いをする


娘の意図を判じつつ、その思考の片隅で、娘の問いの答えを思案した。



――なるほど、「人を殺す」という行為は、一般的には悪とみなされる。

なぜなら、それは「人」が「尊い」とする「命」という概念を滅するからである。




しかし、それは、時と場合による。





戦場であれば、人を多く殺した方が、「善」となり、敬われる。



つまり


善、悪、正、邪など、その時々の人の価値によって様々に変わるものである。



だから









善悪に、基準など、無い。

悪は時には、善となり

善は時には悪となる。








――そんなことが云いたいのであろうか?



しかし、娘の言葉が、その程度の意味であるのなら、やはり娘が愚かであることに変わりは無い。


なぜならば、


行いがどうであれ、己は絶対的な「神」――つまり「正気」として人から思われ想像つくられたものだからである。


人が己を神として扱う限り、決して「邪気」にはならない。



つまり


人を殺そうが、国を滅ぼそうが、その「邪気を払う神楽鈴」とやらは、わしには、効かぬ、ということだ。



しかし、

娘の表情からは、何か含むものが有るように読み取れる――





「――娘、それは、どういう意図の問いだ? 回りくどい言い方をせず、率直にこたえよ、なにが云いたい?」



娘の意図を、己の解釈に照らし合わせるように、そう問うた。



「――娘、お前は、わしが、多くの人を殺したから、神を邪気とみなす、そう、云いたいのか?」


本当にその問いが、そのような意味であるのなら、この問答は不要である。



――わしがそう言うと、娘は、まるで問題の意図を読み取れぬ子を諭すように、あきれ顔でため息をつき、



「問いを変えます。あなたの云う、「邪気」とは、一体何ですか?」


そう、云った。


「悪しき、気のことであろう」


素直に、愚直すぎるほどに、そう答えた。


「それでは、悪とは何ですか?」


そう問い、娘は話を続けた――


「私は、神に――「神を望む人たち」に従えた時からずっと、その問いを、考えているんです――私のやっていることは、果たして、善なのか、悪なのか」


そう、語る。


「……ふん ――善悪を思案する? 見た目通り、まるで七歳の童子が考えそうなことじゃ」


そう云うと、


「本当にそうですね、馬鹿みたいでしょう?」 

と、娘は初めて人のような表情で、はにかむように笑い


すう、と、笑みが、消える


「――しかし、そういうあなたは、そのこたえっているのですか?」


そう、云った。


「……なにを問うかとおもえば」


馬鹿馬鹿しい、と


――そう、思った。


このような問答のために、







――――今まで、わしはこの小娘に、生かされていたというのか?







「――そんなもの、答えなど出ぬ、善悪を分別するは所詮人の考えよ、人によって答えは違う、当たり前の話ではないか」



そう云うと、娘は。



「それは」









――そう考えて、思考を止め、本当の答えの模索するのを諦めているだけではありませんか?













「何?」



「あなたは、そう考え、理屈をこねては疑わず、ただ、自らをあざむき続けていただけではないのですか?」


――馬鹿な。




そんなものに、明確な答えなど有るわけがないではないか。



「自らを欺く? なぜ、そう思うのだ?」



「――、では、問います。

善悪の答えなど出ぬと知りながら、今、あなたは神を「正気」といいました。


しかし、なにをもって「正邪」を分け、何を基準とし神を「正しき気」であると云ったのですか?」



――なに?



それも、簡単なことじゃ



「――神とて元は人の思い。その人どもが、我を正気とするならば、そうであるとしか言えぬであろう」





「ほら」




それみたことか、と、そんな口調で


――考えるのを、やめている


――模索するのを、止めている。


娘はそう、可笑しそうに云う


「千二百年も生きながら、あなたはとんだ半端者です」




「あなたは今、「善悪の答えは人によって様々だ」と言ったはずではありませんか? 「正邪」もそれに違わぬはず。




それなのになぜ、自らを「正」と決めつけているのですか」




「――それは」



――……。


――とっさに、答えが出なかった。


そんなこと


とうに、わかりきったつもりでいた。


善悪正邪、そんなものに、真実は、無い。


しかし、


現に、


いま、己は――



勝手に己を正として、疑わなかった。


なぜ、今、おのれを、正としたのだ?




――――――――――――――――――――――――――――――――――――……



――――――――――――――――――…… 




――――――――――…… 













わか、らぬ。















初めての、感覚だ。


今まで、己の考えが、絶対的な「真」と疑う事は無かった。


しかし、そう考えると――


真とは何だ?


偽とは何だ?


悪とは、なんだ?


善とは、なんだ?


己は、何を基準に、善と悪を区別していたのだ?







娘は己のその様子を見、





――はぁ、




娘は、心底落胆したかのような、深いため息をついた。











「神も所詮、その程度、ですか」













「人それぞれで答えは無い。 そう言っておきながら、己の中で正邪の区別をつける、さもそれが真実のように語る矛盾。 その答えすら、それだけ生きていて、考えていなかったんですか?」



しかし、それは












「答えは無い、と云う、思考を停止させる答えに、甘えているだけですよ」












「神は強大な力を持ち人の望みをかなえることができるもの、それは認めます」


「でも、あなたは、それだけの存在です」


「あなたは、人を救えません」





なにも、言葉をつなげなかった。







正気しょうき邪気じゃき彼岸此岸ひがんしがんに生気死気しょうきしき苦楽寒暖くらくかんだん煩悩菩提ぼんのうぼだい善気悪気ぜんきあっきに天地人てんちじんそんな思いの分別を、一体誰が決めているのです?」



娘が、歌うように云う。




「――ねえ、「神様」?」



娘は、たおやかに神楽鈴を振り上げ、うた




「そんなものを、分別ふんべつする「思い」こそ、本当の「邪気」だとはおもいませぬか?」





「私は「思い」を殺すもの」

「人の思いこそ、懊悩、煩悩の源」


そんな、思いは全て払い、

執着心を無くし、欲望を捨て去り、感情を消し、身を枯木とし、心を荒涼とさせること、


それこそ、本当の、救いとは、思いませんか?


「そうすれば、幸せになれます」


――なれる、はずです。


はずなんです。


娘の声は、次第に小さくなり、










そして





ふふふふふふふふふふふっふうひひひひひひひひっはははっははあははあはっはかかかかかかかかあかかかかかかかかかあかあかあひひひひひひひひひひひひっははっははあははっははははっはははあほほほほほほほほほほほははあはあああああああああああはあああははははははははははははははは

ひひひっひひひひひひひひひひいひひああああかかかあかっかかあかっかかあっかかっかかかかかかかかはあっはははっははっはははっはははははっはははっはははははは――――




盛大に、嗤う





娘は、艶やかな手つきで神楽鈴をなでながら、云った



「私は、人の「思い」を滅するもの

そして、これは、そんな思いを全て払拭し、灰燼かいじんに帰す、神楽鈴です。

あなたを、助けて、救い、私は帰りましょう」





そして




神楽鈴を、構え、す――



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