第二十九話 鈴の音
娘の、月の白さよりも白いその肌は、煌々と輝くように、闇夜の中で映えていた。
娘は巫女装束であった。
右手に持っているのあれは、――鈴。神楽鈴であろうか。
黒髪を夜風になびかせながら、目を閉じ、辺りの風景に溶け込むように――そこに、立っている。
酒宴は波が引くように静まりかえり、辺りの虫の声すら、その現れた「何かを」畏怖し崇拝するように、鳴き声を夜の闇にの中に潜めた。
しんと、辺りを気味の悪いくらいの静寂が包み込む。
――あれは、なんだ?
ぎちぎちと、じりじりと、脳裏の奥を焼き付けるような痛みが襲う。
――これは痛みなどでは無い。
あのものに対する本能的な警告が、痛みを伴うほどにまで感じとっているのだ。
戦神の本能が、瞬時にあれを理解する。
あれは、わしを――殺しにきたものだ、と。
あのものには、戦の神として祀られた、わしですら
否
――神だからこそ、かなわぬものだ。
あれは、己と同じもの――
人の強い思いが形となり、この世に生まれ出でたもの。
しかし、本来「思い」には肉体が無い。
今まで「思い」とは違い、確かに彼女の体は、生身の肉体そのままであった。
生身の体そのままで、あれは、人の思いを受け入れたのだ。
生きた肉体そのままであるのに――あれは、限りなく神に近い。
否
あれが
あれが、ほんとうの
「神」の姿、なのかも、しれぬ。
「今宵は――、祭りじゃ」
娘が、つぶやくように言った。
無機質で歪な、禍々しい幼き神の声であった。
しかし、その声は――はっきりと、この上ない歓喜を含んでいた。
そして、娘が一歩、兵達に向かい歩を進める。
――しゃん、と鈴の音が鳴る。
しゃん
しゃん
しゃん
娘が一歩一歩、歩むたびにその音が鳴る。音の波紋が広がってゆく。
その波紋の広がりに呼応するがごとくに、娘を囲んだ幾人もの兵達がざわり、と波打った。
その光景を見て――己自身の目を、疑った。
しゃん
ざわり
しゃん
ざわり
しゃん
ざわり
しゃん、ざわり、しゃん、ざわり、しゃん、ざわり、しゃん、ざわり、しゃん、ざわり、しゃん、ざわり、しゃん、ざわり、しゃん、ざわり、しゃん、ざわり、しゃん、ざわり、しゃん、ざわり、しゃん、ざわり、しゃん、ざわり、しゃん、ざわり、しゃん、ざわり、しゃん、ざわり、ざわり、ざわり、ざわり、ざわり――――
兵達は、逃げない。
おそらく、目の前の光景に――理解が追いついていないのであろう。
しかし――理解が追いついたところで、「あれ」から逃げられるとは思えない。
娘が、歩くたび。
一人
また、一人と、
まるで、鈴の音が、魔を払うがごとくに
兵の体が、
酒の器が
草が
木が
砂のように、
灰のように、
さらさらと、音も無く、崩れていったのだ。