第二十八話 涼
戦は夜明とともに始まった
わしは、ただ敵国の三万の軍勢の本陣へと歩み寄り――腕を、かるく振った。
たったそれだけ
たったそれだけで――数百の軍勢の体は千々に爆ぜ、ある者は空へ舞い上がり、ある者は地を這いずり、ある者は木々や岩たたきつけられた。
――血の雨が降った。
――辺りが、どす黒い朱色に染まった。
わし自身が、その力に一番驚愕したよ。
神とは、信仰とは、人の思いとは、ここまでの力を与えてくれるものなのか、と。
その一撃で――本当は勝負は決まっていた。大半の兵はその仲間達の姿を見ただけで――もう戦意は完全に失せていた――
しかし、我が国の兵たちはそれでも敵国を追った、――完全に勝利をするまで、戦を終わらせる気は無かったのだろう。
結局、辺りに動く人影が見えぬようになるまで、戦は続いた。
――そして、日が落ちた頃にはもう勝負がついていた。
相手の三万の軍勢は、逃げた兵を残し、わしが、すべて、なぎ払ったのだ――
後に残ったのは幾層の死体の山と――勝利に歓喜する自国の兵たちの歓声。そして、わしを讃え敬い拝す民衆の姿だけだった。
戦の後、わしはすぐに祀り上げられ、その夜は、近くにあった村で、酒宴がおこなわれた。
血の臭いの充満した村の中で、家々を取り壊して火を焚き、円陣を組み、崩れた敵国の名将の首をならべ、それを肴に、兵たちは上機嫌で酒を飲んでおった。
その兵たちの姿を見たとき――さすがに、私も戦慄したよ。
同じ種の人の死をこれほどまでに喜せられる生き物は、おそらく人くらいであろうな。
――同事に、わし自身、己の力が恐ろしくなったよ。
わしは、宴に騒ぐ兵たちに背を向け、村から少し離れた、村を一望できる山の上の小さな社を借り、一人で酒を飲んでおった。
その社には、一人の若い旅の僧が、縁側を借りて臥していたのだが、今や人に話しかける気も無かったわしは、そのものを塵芥ほどにも気にかけずにいた。
――宴は、夜が更けるまで続いた。
兵たちの下卑た笑い声はここまで聞こえてきたが、この社は、あの宴の場にいるよりはいくらかましであった。
そして、いよいよ宴もたけなわとなり始めた頃……
突然、一陣の風が、焚火の炎をかき消した。
――本来、一陣の風程度では消えぬ位に炎の勢いは強かったのだが、酔った兵たちは、誰一人、それを不審がる者はいなかった。
もとより月の光だけでも十分にその夜は明るかったのだ。酒宴は何事も無かったように続けられようとした。
しかし、
なにやら、兵たちのざわつく声が、聞こえはじめた。
何事かと、遠く離れた社の中から、酒宴の方へ視線をむけ、目をこらした。
見ると
その消えた焚火の上に、
淡く光る、一人の幼い娘が、
黒髪をなびかせながら――ぼう、と立っていた。