第二十六話 決意の代償
ようやく、林の中を、飛ぶように逃げ帰り、香泉寺の山門が見えたときには僕の体は木々の枝に引き裂かれ、顔には無数の切り傷が血を流し、足には打撲のような跡があった。
奴に捕まれた所は黒く変色し濁った、墨のような色になっている。
僕は枝で傷ついた右目を閉じ、はあはあと、血の混じった息を吐きながら、這いつくばるように香泉寺の山門をくぐり抜けた。
そこで
異変に、気が付いた。
僕の目に写った光景――香泉寺のあった場所には、空虚な空間が広がっているだけあったのだ。
「香泉寺が――無い」
山門を抜けた先には本来あるはずの香泉寺の庫裏が――あとかたもなく消えていた。
まるでえぐり取られたように、地面ごと、香泉寺が消失している。
この――傷跡は、どこかで。
そう――あの、洞窟と、同じ。
夜季がやった、あれと――いやそれ以上だ。
その光景は――まさに荒涼としていた。
しかし、
馬鹿な。
あり得ない。
だって、夜季とは、今の今まで、戦っていたじゃないか。
この傷跡は。
夜季のやったそれに似すぎている――
しかし……
――そうだ、涼美。
建物の中には――涼美がいたはずだ。
「おい!……涼美、どこだ!?」
僕がそう声を上げたとき、山門の上から、しわがれた声が聞こえた。
「むだだ、涼美はここにはおらん」
見ると、山門の屋根の上から、キセルをくゆらしながら、つまらなそうに片足をぶらつかせた方千――仙人じいさんが、そこに座して、哀れむような目で僕を見つめていた。
「――仙人……じいさん…」
僕は、今にも泣き出しそうな情けない声で――方千に――吐露した。
「華梁は――混沌に……夜季に喰われた――涼美も――香泉寺も消えた、一体どうなってるんだよ……」
僕がそう言うと、方千は、ふう、とキセルの煙を燻らし
「分かっておるわ、すべて、見ていたからな」
そう、言った。
「見ていたのなら――なぜ!!」
いまにも飛びかかりそうな勢いで、方千を問い詰める。
「わしが動けば――さらに取り返しの付かぬ事態をまねくことになるからな」
――そう、言った。
「……どういうことだ、じいさん」
なおも、僕は、このしわがれた神に、問い詰める。
「一つだけ言っておこう」
そして、ゆっくりと、方千は僕を、射るような瞳で見つめ……
――この事態を招いたのは――ほかならぬ、お前自信だ。
そう、静に、無慈悲に――
方千は、そう言った。