四話 面の下
「こいつは珍しい、狐憑きか。……いやここまで来ると狐憑きとはいえぬなぁ」
老人は顔を近づけるようにして、じろじろと僕の顔を眺める。
狐憑きか。
確かにこれは狐憑きとはもういえない。
たとえて言うなら、
「狐そのものだな」
そう、
僕の顔を半分は、狐のそれに変わっている。
黄金色というよりは白に近い獣の毛並み。
細く、鋭い目
片側だけは獣の耳が生えている。
鋭い牙
そして何より、
自分のものとも思えない獰猛な瞳が、
野に生きる狐、そのものだった。
「いや、悪かった」
老人から面を返され、僕はそれを顔につけた。
「噂に違わぬ奇妙ななりだ。まるで人と狐の合いの子のような」
ふむ、と老人は腕を組み考え込むように小さくうなった。
「……お前さんのそれは、確かに狐憑きの一種だろう。
……世に言う狐憑きとは、まぁ、種を明かせば只の気だったりするのだが
――大まかに言えば、心の病だ」
「こころの……病?」
ああ、そうだ。と老人が言った。
「ほかに思い当たる要因が無いのであれば……お前さんは強い心の病を負っている。お前自身の「思いの強さが」お前をその顔にしているんだろう」
僕の心のせい?
ならば、
「……これは、俺のせいなのか?」
老人はうなずいた。
「……じいさん、言ってることは分かるけど、いくら何でも心のせいでここまで変わるものなのか?」
「変わるだろう、人は神さえ、思いでつくることができるからの」
そう言って、老人は言葉を続ける。
「人は思いで死ぬことすらある。
病などほとんど心が関係していると言っていいからの。
心の病が原因なのであれば……こいつの場合はそれがずば抜けて強かっただけだろうな」
「……治せるのか?」
僕は、老人にそう問うた。
「所詮、心の病だ。心の病は心で治す、お前さんが変われば治ることがあるかもしれぬ――ただし、別の要因があるのであれば、話はべつだがな」
「…あなたは何ものだ? なぜ今まで俺が分からなかったことをそう易々と見抜けるんだ?」
僕がそう聞くと老人はぽりぽりとほおをかいて、困ったような顔をし「そういえば名前すらお前に言ってなかったな…いや、失礼」と言った。
「一応、方千という名だが、ここらでは仙人じいさんで通っとる。仕事は、……そうだな医者というのが一番近いかもしれぬな。と、いっても薬などは使わぬ。もっぱら心の病をなおしたりしている。しがないじいさんだよ」
「医者……?」
「詳しい事は分からぬが、お前さんのそれもまた心の病なのであれば、治せぬ事はない。
が、それなら暦縁のもとを出ず、教えを聞いているのが一番早かったはずだ。
人の悩みを取り去ることにかけては暦縁の右に出るものはおらぬからな」
――なぜ、暦縁のもとを去った
「……俺がいると暦縁さんに迷惑がかかる。」
「なにがあった?」
「ひとを、殺した」
「ひとを?」
「ひとをたくさん。数え切れないくらいたくさん殺した」
「なぜ」
「俺を襲ったからだ」
「なぜ」
「俺は、人と違うから、顔は狐、心は獣、人ではない、人と違う、だから殺そうとしたのだ。……人じゃないからだ。俺は」
――違うな
しずかに、僕の口をふさぐように華梁がそう言った。
「人が人と違うのは当たり前だ。この世には同じものなぞ何一つ存在しない。ひとつひとつが個別に、ひとつひとつが単体で存在している。
人との違いと言うのも単なる思いでしかないのさ、何かと比較することによって生まれるものが優越感や劣等感。
……基準もないのに、そんなものを頭で作り出してお前は苦しんでいるだけだ」
それは、かつて暦縁に言われたことと同じ言葉。
自分で自分自身を苦しめているだけさ
そう、彼は言ったのだ。
でもどうしても僕にはそれが分からなかった。
僕の見た目が
僕の顔が
僕の振るまいが
僕の心が
生まれたときから悪いとしか思えないのだ。