第十八話 クロイソラ
閑話
黒く、禍々しい手が、僕に追い被さるようにして夜空を覆った
必死の思いでその手を払いのけようとするも、幾本の腕は際限なく僕を襲う。
腕を
脚を
顔を
胴を
黒い腕に締め上げられ、たちまち身動きがとれなくなった。
「――はなせ…… 離せよ……!」
僕のその声も空しくかき消え、僕の体は暗闇と同化してゆく。
黒い腕の固まりが一体となり、僕の体を貫く。
貫かれた場所から――
その黒いものの感情が、洪水のように僕の心に流れ込んできた。
憎悪
憂い
「かはっ……」
なんだ、これ
これが、夜季のこころ
身を焼くような憎しみ――否それよりも
これは
自分自身の心を呪った悲しみ――か?
最後に見た光景は、僕の視界にある、夜空にぽっかりと浮かんだ白い月を、禍々しい黒き腕に浸食されている光景だった。
あがこうとするも、無数のうでが僕の手足をつかみ、身動きがとれない。
うでが、僕の胸を貫いてゆく。
自らの胸を貫かれているのに、僕の頭の中はひどく冷静だった。
その光景は、ゆっくりと、まるで走馬燈のように、僕の目の前にひろがっている。ひろがっている、という表現は、いまの僕の心境をよく表している。
まさに、ひろがっていたのだ。
心地よいくらいに、己の胸がえぐられる瞬間のその光景が、世界の全てに見えた。
僕にはいま、何もかも見えている。手足を拘束された諦めの為か、
僕の神経は――――僕の目に瞳に――――全て集まり――――自らが貫かれるその光景を――――まるで娯楽の為に作られた演劇をおもしろおかしく凝視するように――――客観的に――――他人事のように――――己の死の瞬間を見つめていた。
ざまあみろ
始めに浮かんだ言葉がそれだった。
それはまるで悪事を働いていた敵役が、主人公との死闘の末、あっけなく殺される瞬間を見つめているような心境だった。
敵役
――僕のことだ。
もしも、僕の生き様を演劇にするのであれば、間違い無く、僕は主人公の敵役だ。
村人を殺し残虐非道を繰り返した化け物。
これほど敵役に徹した役柄は、そうはいない。
僕は、悪だ。
どんな人の目から見ても、僕の行為は紛れもない、悪なんだ。
悪は、裁かれる。
たった今、僕は、自らの罪を裁かれている。
夜季の親を殺したから、代わりに夜季に殺される。
当然の運命だ。
演劇にもならないような、ごく当たり前の理だ。
こうして悪は滅びていく。
悪は滅びて世界は良くなっていく。
僕が死んで夜季が仕合わせになる。
悪
悪。
悪って、何なのだろう?
みんな、必死に生きてるだけじゃないか。
なぜそれに、分別をつけるのだろう?
僕だって。
普通の人になりたかった。
みんなと遊びたかった
母に甘えたかった
父に甘えたかった
成りたいものもあったんだ
やりたいこともあったんだ。
でも、
みんな、それを許してくれなかった。
境遇がそれを許してくれなかった。
この顔のせいで、それを許してくれなかったんだ。
僕だって
僕だって
仕合わせに、なりたかったのに。
「憂!」
ダレカノサケビゴエガキコエル
ぼくにも、しあわせになる、しかくはある。
そうだ
そうですよね
れきえんさ――ん
かりょ……う
「その手を――― はなせえええぇぇぇ!!!!」