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闇路妖狐  作者: 狐禅
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第十四話 子、若し在らば、即ち人を救い得たらん

無無無。

この世は(ことわり)よって均等が保たれている。




人の思いによって生まれた―――神


方千

霊元


その神によって崩れた均等を保とうとして生まれたもの―――荒涼神

十年前の、荒涼神

そして、


僕。














「そう言えば、憂はまだ知らなかったな」


唐突に、華梁がそう言った。


「何をだ?」


「あの子供の名前だよ」


「名前?」


暗い森を、一心不乱に走っている


僕らは方千と別れ、あの子供の閉じ込められている洞穴へ向かっていた。


驚いたことに、白々と明け始めたと思っていた空は、方千の庵の外へ出た途端、夜のそれに変わっていた。どうやらあの庵の中では、外とは違った時間が流れていたようだ。


まだ――あの子供を助ける事が出来るかもしれない――


そんな――儚い、希望のような思いを胸に抱きながら、僕らは暗い森をかけていた。


「あの子の名前は夜季(よき)だ」


華梁が、そう言った。


「なぜ、知ってる?」


「・・・・・・一年前のあのときからだ、夜季に式神をつけて、それとなく調べて様子を見てたのさ」


暗い森の中、華梁の声だけが透き通るように聞こえてくる。


式神


華梁は多少、呪術を使える。


式神というのは、華梁の使い魔の様なものである。


「だが、少し前から・・・・・・ぷっつりと夜季は姿を消した。それも、式神で探し出せないくらいに完全に消息を絶ったんだ――おそらく、何かの結界だろうとは思ったが・・・・・・私も、術は専門ではないからな、手の出しようが無かったんだ・・・・・・それからはどう探しても夜季を見つける事が出来なかったのだが・・・・・・今日、お前の前に現れた事でようやく場所は特定することが出来た。」



それが


あの、洞穴か。


「洞穴には三重の結界がはられていたよ。単純に洞穴に入れなくなる結界と・・・・・・洞穴の事を「見つける事が出来なくなる」結界。そして洞穴のことを誰も「気にかけなくなる」結界だ。それも・・・・・・どれも強力な。あれだけの結界がはれるのは今のところ、方千と霊元・・・・・・それくらいだろうな」


しくじった、と華梁は悔しそうにつぶやいた。


「霊元の・・・・・・」


「ん?」


「霊元の目的は何だ?」


荒涼神を生み出す。


それだけにしては・・・・・・何か・・・・何か腑に落ちないものがある。


行動が・・・・・・・矛盾しているのだ。


「霊元の目的は明白だ。「荒涼神」を自らの手で生み出すことだろう。おそらく霊元も、お前が荒涼神だと知っている・・・・・・いや、違うな。もしかすると、むしろお前を荒涼神にしたのは、霊元自身かもしれない」


「・・・・・・・な、に」


「お前、以前に霊元と会ったことがあるかもしれないと、話してくれたことがあっただろう」


「ああ」


たしかに霊元の顔は・・・・・・始めて会ったときから、見覚えがある気がした。


しかし、僕はそのときの記憶を、どうして思い出すことが出来ない。


「霊元ならば、記憶を操るくらいなことは容易いからな。お前の頭から自分自身がやったことの記憶を消したのだろう。術の方法を知れば、それを解く方法も見つけやすくなるし、霊元の記憶がない方が、お前自身に警戒が無くなり都合がいい。だから記憶を消し去った方が良かったのだろう」


「しかし、俺が荒涼神なのであれば、目標は俺であるはずだ。なぜわざわざ夜季を閉じ込める必要がある。」


「それは、お前がまだ完全な「荒涼神」になっていないからだろう?」


「いや、俺に消されるのが目的ならば、霊元自身が俺の前に現れるのがもっとも手っ取り早い。世に「かかわること」と、荒涼神である俺に「かかわること」、それが同時に出来るわけだからな。・・・・・・なぜわざわざ夜季を使い、一年という時を待ち、間接的に俺を攻撃させるんだ?」


荒涼神を生み出すのが目的であれば・・・・・・簡単だ。霊元自身が世にかかわればいい。理は神の異質から、「世の中の均等」を保つため、荒涼神を生み出し易い環境を作る。


僕が、生み出される「荒涼神」の一番の候補だ。覚醒すれば霊元の存在を消す事が出来る「もの」となれる。


そして、それが霊元の目的のはず。


が、


霊元の行動はまるで真逆である。


自分からかかわろうとせず「夜季」という間接的な存在を使い、まるで自分からは手を出さぬようにしているかのように、霊元自身は表だって動いてはいない。


目的と行動が、矛盾しているのだ。




まるで


心のどこかで、僕にかかわることを恐れているようかのように。



ふむ、と華梁が走りながら考えこむような仕草をする





         僕が、気にかかっていることは、それだけではない。



おそらく、華梁も気づいていないだろうと思う。


庵を出た時から、ずっと気になっていることがあった。


それは、


―――方千が、最後に言った言葉だ。


――庵を出るとき、方千がぽつりと独り言のようにつぶやいた、あの言葉。


おそらく、誰にも聞こえることの無いような小さな声であった、が、獣のように発達した僕の耳は皮肉にもその声を拾っていたのだ。


おそらく、方千自身もそれを言ったことに気づいていないだろう、それほどに、その声は小さく、か細く、弱々しく、それでも、切に、心からそれを願っているような、確信と願いのこもった言葉。――おそらく、その言葉は方千の本音であったのだろう。


方千は、


方千は




            霊元を、救ってくれ、と




確かにそう言ったのだ。



華梁には聞こえていなかった様だが、僕の耳には確かにそう聞こえた。



なぜ、

方千は

夜季ではなく、


霊元の救いを、願ったのだろうか?


「霊元は」

方千は


何を、考えているのだろうか?


華梁は少し考え込むように首をひねっていると


「ふむ、なるほど」


一人で得心したように、うなずいた。


「・・・・・・・なにか分かったのか?」


「目的変更だ。憂」


「は?」






――霊元を救うことが、出来るかもしれん



そう、華梁が言った。




「・・・・・・・え?」


霊元を、


救う?


「本当か?」


「・・・・・・・私のの憶測が間違っていなければ、だがな。」


「憶測? どういうことだ?」


華梁には、


華梁には、何か分かったのか?


「説明は後だ」


ぴしゃりと華梁が言い放った。


「まずは、夜季を助ける。話はそれからだろう」


「・・・・・・ああ」


森を抜ける。

――と。






そこには――見慣れぬ風景が広がっていた。





「なん、だ?」





元、洞穴のあった谷は、まるで巨大な手のひらに引きちぎられたかのように、大きく(えぐ)れていた。



一年前にあった洞穴は影も形もない。





――なにが、あった?


「華梁・・・・・・・洞穴はどこだ?」


「・・・・・・・・・」


華梁が顔をゆがめる。


そして、眺めるように辺りを見回し、ある方向に視線を向けたとき・・・・・・


急に、ぴたりと華梁の動きが止まった。


「華梁、どうした?」


「・・・・・・」


じい、と、視線の先を凝視している。


そして、


「――――遅かった、か」


静かに――心からくる絶望を隠しきれないような声で、そうつぶやいた。







華梁の視線の先を見る、


円形に抉れた場所のちょうど中心


そこに


そこに


そこには





黒く、うごめく影が、ぽつりと立っていた

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