三話 香泉寺
歩くこと半刻ほど、着いた先には小さな古寺があった。
苔に覆われた山門には、香泉寺と名前が書かれてある。
長い間人が住んでいなかったように、どこもかしこもぼろぼろだ。
屋根の上は割れた瓦。
その間から名も知れぬ雑草が生えている。
はげた白壁は黒ずみ、庭はのび放題の草で覆われている。
辺りが森の木で覆われているせいか全体的にここは薄暗い。
とても人の住める場所じゃないように思う。
「なに、住める場所は別に作ってある、心配しなくてもいいぞ」
華梁は僕の心を見透かしたようにそう言った。
山門をぬけ、中へ入る。
しばらく歩くと、本堂の前にぽつりと何か立っているのに気がついた。
小さな、人影。
どうやら紅い衣を着た娘のようだ。
長い黒髪が特徴的な、どこか人形を思わせた、線の細い印象を受ける娘だった。
外見から見ると、歳は僕とそう変わらなそうだ。
「涼美が出迎えてくれるとはな。何かあったのか?」
涼美と呼ばれた娘は微かにうなずいた。
「お客様です華梁さん」
娘は一言そう言って、そそくさと寺のなかへ入っていった。
「……相変わらず無愛想な奴だな」
ぽりぽりとほおをかきながら、困ったように華梁はそう言った。
「あいつもこの寺の同居人だ。訳あって一緒に住んでる。無愛想な奴だが仲良くしてやってくれ」
……前途多難だ。華梁と同居するのでさえ戸惑ってしまうのに……
「ほら、こっちだ。遠慮しないで入れ」
華梁に案内うながされ、香泉寺の中へと入った。
もっとひどい所を想像していたのだが、中はわりかしきれいだ。畳はしっかりしているし襖や障子戸の破れが無い、寺の手入れはしっかりとしているらしい。
なるほど、確かにこれなら、住むには困らないだろう。
案内されるままに廊下を歩いていくと、華梁は小さな部屋の前で立ち止まり、僕の方を振り向いた。
「すこしここで待っていてくれ、客人に会ってくる」
「なに、かまいやしない。
そいつも一緒に部屋へ入れてくれ。俺は元々そいつに会いに来たのだ」
部屋の中からしわがれた声が聞こえた。
「なんだ、仙人じいさんか……」
華梁はため息をつくように言って、襖の戸を開けた。
中には、ぼろぼろの衣を身にまとった奇妙な老人が座っていた。白髪白髭。何年生きているのかも分からない華梁の言った仙人という言葉がぴたりと言い当たる。
「おう、そいつか暦縁の言っていた憂とかいう小僧は」
からからと笑いながら僕の方へ手招きをする。
「ほら、もっと近くへ寄ってくれんか。この年になると目がよう見えんのでな」
言われるままに、老人の方へ近づいた。
ぷんと、酒臭いにおいが鼻をつく。
「ふん、奇妙ななりをしているな。狐の面か」
どれ、と言って素早く俺の面に手かけ、外した。
とっさのことで、なすすべもなく老人に面をはがされる。
「おい、じいさん!」
華梁が叫ぶのも気にせずに、老人はぎょろりとした目で僕の顔を見た。
ほお、と老人の口から声が漏れた。