第九話 Hetu-Pratyaya
「疑問?」
「そうだ、神は人に望まれなければ生まれる事は無い。
人に望まれなければ生まれようがないのだ、……元は、「無かったもの」だからのう」
それならば
「荒涼神は、誰かに望まれたから生まれた、と」
「……そうだ。しかしな、誰が荒神の出現を望む?誰が、自らを滅ぼそうとするものを生み出そうと望むのだ」
――そうだ。
神が、人の「思い」から望まれて生まれた者だとすれば、当然、村を消した荒涼神もまた、誰かに望まれ無ければ生まれる事は無い。
荒涼神は、望まれたからこそ生まれた。
では、誰が?
「わしはな……」
方千は、何かを思うように、ぽつりとつぶやいた。
「理が望んだからだと思っておる。」
「――ことわり?」
「そうだ、神という、世の均衡を崩す者が人の思いによって生まれたのだ。――理は、当然、均衡を保とうとするだろう。神に太刀打ちできるものは神でしかありえんからの。荒涼神は、均衡を保とうとした結果、思いによって生まれて来た者ではないかと、そう思えてならないのだ」
そういえば、華梁が、前に同じようなことを言っていた。
――この世界が網の目のような関係にある。お互いがお互いを支え合い、何か欠ければ、何かが狂う。均衡を保ちながら、この世界は構成されている。
――世の禁句を崩すものが二つある、
その一つが、人の思いだ。
そういう、ことか。
「その証拠にな、荒涼神は、村を消した後、まっすぐわしの方へ向かってきた。おそらく、わしを消すことを本能で察していたのだろうな」
「……それで、どうなったんだ」
方千は、消えていない。
と、言うことは、方千は荒涼神を消すことが出来たのだろうか?
「負けたよ、手も足も出なかった。」
負けた?
「しかし……」
方千は、生きている。
「――わしが荒涼神に消されそうになったとき、暦縁に助けられたのだ」
暦縁――
暦縁さんが?
「……どうやったんだ? あの人がそんなに強いとは思えないぞ」
「もちろん、荒涼神と戦ったわけでもないし、身を挺して守ってくれたわけでもない。
少しだけ荒涼神を諭しただけだよ
――あの人の話は、不思議な力を持っているからのぅ、荒涼神は元は人の子だった。
話が通じない相手では無かったのだ」
「人の子、だったのか?」
元が人の子?
まさか――
僕と、同じ?
「人の子だよ。
もっとも、理は形のないものだからな、なににでもなり得ることが出来る。
あるときは生き物、あるときは天災、あるときは人の思いとして、様々な形をなしながら、世の均衡を保っておるのだ。
――しかし、わしや霊元の力は世の均衡を保たせる為には強大過ぎるのだよ、だから――その力を押さえ込むために、「荒涼神」が生まれた。
均衡を、保つ為のな。――わしらが人の世に干渉し過ぎれば荒涼神が生まれる。だからわしは、人の世に干渉しすぎないように、こんな山奥でで一人暮らしている。
あまりに力を使い過ぎれば、また十年前のようなことが起こってしまうからのう」
「――でも、それならば何故、霊元はあそこまで人の世に干渉しようとしているんだ? 荒涼神の事を、知らない訳ではないのだろう」
「もちろん、霊元は知っているさ、荒涼神の生まれる要因もな」
「――だったら、なぜわざわざ荒涼神を生み出そうとしているんだ?それは自らの死に近づくこうとしているだけじゃないのか?」
「――だからだよ」
――は?
「霊元はな……多分、自らの存在を消そうとしているのだと思う」
存在を、
消そうとしている?
「……何故、そんなことを」
「人が生きるのには、わしらの寿命は長すぎるのだよ、人は考える事が出来る。考えれば思いが生まれる。
思いがあれば苦しみが生まれる。
苦しみから解放されなければ、永久に生き続けるのはつらすぎるのだ。
霊元は、苦しみから解放される方法を見いだす事が出来ず、あきらめたのだ。
だから、死を選ぼうと思ったのではないかの。
――我々は、人の思いから生まれた故、思いが無くならねば、死ねぬ。我々は自ら死を選ぶことすら、許されないのだ。
存在を消せるとすれば、理から生まれた荒涼神しかあり得ぬ。霊元は荒涼神を生み出し、自らの存在を消そうとしているのかもしれぬな」
「……じゃあ、なぜ、霊元は俺たちを襲うんだ? 世に干渉するだけなら、わざわざ俺たちを襲う必要は無いだろう?」
「簡単だ。それは、お前達が暦縁の教えを守ろうとしているからだろう。
……もっとも霊元は暇つぶしといっとたがの
……霊元が何百年かけても分からなかった苦しみから解放される方法を、暦縁はあっさりと見つけ出したのだからな。
……霊元にとってこれほど忌々しいものは無いだろう」
妬み、か。
数百年も、自分が求めてきた答えを、ほんの数十年生きた暦縁さんが見つけ出したのだ。
確かに、それは
霊元が生きてきた数百年を、否定する事にもなる。
「……もっとも、お前に対してはは別の理由があるのかもかもしれぬがの」
「別の理由?」
「ああ」
「――俺は、お前が、霊元の生み出した荒涼神ではないかと思っているのだ」