二話 狐面
憂
それが僕の名前だった。
歳は記憶していない。
僕自身、歳を数える事をそれほど重要なことだとは思っていなかった。
生まれてから今まで、どれほどの時間が経過しているかを把握していても何か得が有るとは思えない。
そもそも……僕にとって歳とは、これほどの時間、僕は生き恥をさらしてきたのだ、と。否応なしに再確認させられる…忌まわしい物でしかないのだ
それでも、子供の頃は違っていた。
……こんな言葉を使うのは月並みで恥ずかしいが、まだ夢を持っていた。
まだ、未来に希望を持てていた時期だ。
早く大人になりたいと、歳を重ねるのが喜びでもあった。
……でも、
ある日、僕の生活に、唐突に異変が起こった。
それは、普通では決して起こりえない、異常な変化。
僕の、顔が、
あり得ない物に、変わり始めたのだ。
その頃から、僕は他人を恐れ、忌み嫌う様になった。
夢も無くなった。
希望もなくなった。
ただただ、自分の境遇を恨み、他人を恐れる様になった。
僕だけじゃない。
他人も、僕の姿を見て恐れる様になった。
僕の姿を見れば、人は
化物、と
そう、呼び始めたのだ。
殺そうとするものまで現れた。
災害が流行れば僕のせいにされた。
疫病が流行れば僕が原因にされた。
村人全員で、僕を殺そうとした時もあった。
僕は、必死で逃げた。
必死で、逃げて、逃げて、逃げ隠れている内に
……ふと、声が聞こえた。
現実じゃない。
僕の内側から、その声は聞こえてくる。
初めは何を言っているのかが分からなかった
が、
声は次第に鮮明になり、はっきりと僕の意識に訴えるようになっていった。
お前は――生まれたときから、神に選ばれていた。
だからこそ、生まれた時からお前は人と相容れぬ身なのだ。
お前は何も悪くない、お前はそのような役割で生まれて来たのだからな。
ならば……悪いのはお前を殺そうとする者だ。
あちらがお前を殺そうとするのなら、お前もあちらを殺してやれ。
なに、お前はそのような力を持っている。
それが、お前の役目なのだ。
そうすれば、お前の恐怖は無くなる
楽しめ
それをたのしめ
快楽こそ、世の真実だ
己を
我を
心からたのしませよ
声は、そう言った。
いつしか僕はこの声に耳を傾け、
我を忘れたときに、僕はその声に体が逆らえなくなっていた。
気がつけば、僕は目の前に死体の山を作っていた。
覚えがない。
何も覚えていないのに、殺した死体の数は増えていく。
ただ後に残るのは、絶望。
いつしか僕は人と交わらぬよう、陰で生きることしか出来なくなっていた。
僕は、自らの顔を隠し、暗闇に隠れる様にして生きた。
大切な人にもらった、狐の面をかぶりながら。