ひとにあらざるものたち
「誰、ですか?」
水干の男が、ゆっくりと振り向く。
そこには、仙人のような風貌の、男が立っていた。
「なに、ただの老いぼれのじじいだ。木の上で眠っていると、妙な声が聞こえてきての。気になって降りてきたのだ」
男は少しだけ、動揺した
気配が、無かったのだ。
多分、音を立てたのもわざわざこちらに存在を気づかせるためだろう。
ただの老人ではない。そう思った。
仙人……
聞いたことがある。
仙人のような風体でこの辺りに住んでいた老人。
でもあれは、
百年近く…以前の噂だったはずだ。
とある国で崇められ、突如、消えた老人
……否、あれは噂ですらない。
ただの……おとぎ話だったはず。
「で、おぬしの独り言に「暦縁」と名前がでてきたような気がするが?」
こいつが、その本人なら……
「暦縁に……何か用かの?」
鋭い眼光で、老人は男を威嚇した。
……。
間違いない。
こいつは。
男は、衣を正した。
「……人の身ですらないあなたが、何故人の身をなど気にするのですか?」
男がそう言うと、老人はにたりと笑った。
「……おぬしこそ、俺と同じにおいがするのぉ。人の身じゃないのはお互い様だ」
そう言って、声に出して、
ふぉ
ふぉ
ふぉ。
老人は、わらった。
……もう、間違いない。
いやな汗が男の頬を流れた。
この相手は、格が違うのだ。
「あなたなら、分かる苦しみのはずです。私たちは命の時間が長すぎるのです。これは、なれば娯楽。これくらいのものは……」
「たわけ」
一括された。
「我らは人には関わらぬものだ。それが我らでありそれ以上もそれ以下でもない」
老人は厳しい口調でそう言った。
「人が人であるように、我らも我らとして生まれてきたのだ。
……それ以上を求めればお前はたちまちに消える。
世は全て網の目のようにつながっているのだ。
それぞれに役目が有る。
我らの役目は「ただそこにいる」
……これだけ。それ以上のことはするな。やればいずれ
……世の理に消されるぞ」
わかっては、いるつもりだ。
網の目の中から外れれば、それは、いらぬもの。
我々が人と関われば、網の均衡は崩れる。
網の均衡、すなわちその網がほどけた一部分。
それは、放っておけばいずれ全てを崩す。
だから、理は
崩れる前に……それを切り取る。
つまりそれは、俺という存在が輪廻から外れてしまうと言うこと。
……だが、
それこそが俺の求めている死だ。
俺は、ただただ、死という永遠の安楽を求めているだけなのだ。
その手段を退屈しのぎにしているだけ。
俺は……死にたいのだ。
永遠の命などいらない。
ただ安心を、得たいだけ。
「……私は、消されても良い。私は、もう」
――生きるのに、飽きた。
「暦縁はな、」
唐突に、老人は男の言葉を遮った。
――人の身でありながら、我々という呪を超えおったのだ。
そう、言った。