十四話 求道
「それは、逃げだよ。
お前はこれ以上自分が苦しみたく無いから。
死という魅力的な概念にあこがれを抱いているだけだ」
「……それの」
――何が悪いって言うんだ!!
――しん、と
辺りが静まりかえった。
「ああそうだ、これは逃げだ!僕はこれ以上苦しみたく無いから、これ以上傷つくのがつらいから……だから死にたいだけなんだよ!ああそうだ、そうだとも!お前に何が分かる!僕には、僕にはたった一人のお母さんだったんだ!飲んだくれでも厳しくても大好きだったお父さんだったんだ!それが……こんな理不尽で、こんなにあっけなく死んでしまった……僕が、何をした……何にも悪いことはしてない。この苦しみも分からないお前に」
――なにが、分かる……
そう、つぶやくように言って、力尽きたように倒れ込んだ。
「何も分からんさ。俺は、お前じゃないからな」
――だから、
――お前はお前自身で自分を救って見せろ。
華梁は言い放った。
「どうすれば……いい」
「それじゃあ……答えを教えてやる」
華梁は大きく手を振りかぶり、
――ぱあん
子の、頬を叩いた。
「……何を」
「これが、答えだ」
「どういう意味だ……?」
「これ以上の意味なんか無いさ。説明を加えればそれは全て蛇足になる。これが、救いの本当の姿だよ」
子は、あっけにとられたように、はたかれた頬をさすり、目を見開きながら華梁をみつめた。
「……本当の姿? 分からない……あんたが何を言っているのか……
この痛みが、なぜ、救いなんだ? いったい、救いとは――苦しみをなくす方法とは一体何なんだ?」
子の問いに、華梁は
「……分からないのなら、一度「己」を投げ出してみろ」
そう、言った――
「本当に救われたいのなら、求めろ。
……自分自身の足で苦しみが無くなる方法を求めてみろ。
悩むと言う行為もまた、自分自身が救われるために行とことだ。
決して、悪いことではない。
だが、
しかし、
お前がいくら悩もうとも、
目が無くともなくても物を写す
耳は無くとも音を聞く
鼻が無くとも香りはする
舌は無くとも味がする
身は無くとも――頬の痛みを感ずる
意は無くとも思いは浮かぶ
お前が「我」を作らなくとも
お前の体は「悩まない」
お前が「我」と思っているそれは一体何なのか
救いを求むるのならば、常に見極めてみよ
お前が求めるのなら、俺は救いの方法を教えるのを拒まない。全てを包み隠さず教えよう
例えそれが、
悪人でも罪人でも、
つらい人でも悲しい人でも
足が動かない人でも、目が見えない人でも、
自分に自信がない人でも、
生まれつき人より能力が劣った人でも、
体の全てを失ってしまった人でも、
過去に大罪を犯してしまった人でも、
全ての人に等しく救いはある。
だから……
救われたければ、
本当に救われたいのであれば。
――必死で、救いを求め、己を見極めてみろ。
神に頼るな
思いに惑わされるな
仏なんぞ、殺してしまえ
もしもお前が
神も
仏も
己をも何者なのか見極めたのなら、
そこに、お前の求めていた救いは、ある。
香泉寺は救いの道を求めるものは拒まない。
もし、お前が
本気で救われたいと思ったのならば……
いつでも、香泉寺の門をくぐり抜けろ――
「香泉寺の山門は、常に開いているぞ」
そう言って――
華梁はきびすを返し、その家を後にした。