十三話 自嘲
村では、どの家からもすすり泣く声が聞こえていた。
外を歩く者いない。
ただただ古びた家屋の中から、故人を思う泣き声が聞こえてくるだけである。
僕の記憶では村はこんな所では無かった。
貧乏ながら活気にあふれ、威勢の良いかけ声や、子供達の笑い声が聞こえる、そんな村だったはずである。
……ここは僕が、少しだけ住んでいた村だ。一月くらいの間だったろうか。
素顔を見せることが、僕の日常を壊す原因だと知っていた僕は、ひたすらそれを隠し、平穏な日々を過ごしていた。
だが、ある日、簡単に崩れたのだ。
……今考えてみれば、軽い冗談だったのだと思う。
良くしてくれた酒屋の主人が、僕の隙を突いて面をとったのだ。
きっと僕の顔に傷ややけどの痕があって、それを隠すために面をつけてるとでも思ったのだろう。
あまり心を開かない僕を思って…そんなもの恥ずかしがる必要は無い、と、そう言いたかったのかもしれない。
……今となってはもう分からない。
結局、素顔を見られた僕は化け物扱いされた。
華梁は、家族の亡くなった家に入り経をあげている。
きっと、あの子の家を探すためだ。
――通りがかりの僧です。この村でたくさんの人が亡くなったと聞きました。供養のため経を上げさせていただきたいのですが―
聞き慣れない「僧」と言う言葉に、村人は首をかしげたが、華梁に悪意が無いことと、亡き人の供養をしてくれる事に感謝され、たいていの家では中に上げてもらえていた。
やはり、聞かない言葉なのだろう。僕も暦縁さんから聞き、初めて知った言葉だったから。
――僧か。
―暦縁さんに聞いた話だ、海を渡った別の国で、日本とは全く別の考え方が説かれた教があるらしい。
「ほとけ」…とか「しゃかむにぶつ」と言われた人が説いた考え方らしいが(暦縁さん曰く、考え方ではないらしいのだが、僕はよく分からなかった。)こちらの国では、あまり聞かない教だった。
ここの国で信じられている教は、もっぱら「神」が中心で、教とは「神を崇め奉る」というのが常識だった。
それ以外の教というようなものはあまり伝わっていない。神を信じるか、信じないか、という二種類の人に分かれているだけである。(一応は、伝わっているらしいがひどく一部の人が知っているくらいなのだだそうだ)
実際に僕も、「神社」という建物は知っているが、寺という建物は暦縁さんに出会って始めて見た建造物だった。
暦縁さんからその「教」を聞いていたが、僕にはなかなか理解することが出来なかった。結局最後まで曖昧なまま、暦縁さんのもとを離れてしまった。
首をかしげている所を見ると、村の人々も僕と同じだったらしい。
今、華梁が家に入れてもらっているのも、人柄のおかげなのだろう。
僕はというと、もっぱら家の陰に隠れて行動していた。
村人に見つからないよう……慎重に……
――すすり泣く声を聞きたくなくて、ずっと耳をふさいでいた。
――僕はまだ……自分の罪と、向き合う事が出来ないでいるのだ。
華梁は二、三軒の家を周り、「あの子供の家が分かった」と言った。
「あそこの家だ」
華梁の視線の先には、小さな茅葺きの家が建っていた。
華梁は入り口に立ち、扉を開けた。
――ひどく……空気が薄く感じた
この家のだけ何かが禍々しく淀んでいる気がする――
――中には膝を抱えた浅黄色の子供がうずくまっていた。
「……だれ、ですか?」
心底、現れた人間に興味がなさそうに、それはそう囀った
「お前を、救いに来た」
おもむろに、華梁が言った。
「救い、に?」
「そうだ」
……。
「どこに、救いが有るというのですか?」
「救いは、いつもお前のそばに有る」
ふふふ
子は自らを嘲り嗤った。
――気休めなど、必要有りません。
――僕の救いは、ただこのまま眠ったように死ぬ事だけです。
―――望みは、ただそれだけ。
か細い声で、そう言った。
「救いがそばに有る……その通りかもしれません。」
華梁に向かい、立ち上がる。
「死は、ここにある。
あなたが僕をこの場で殺してくれれば僕は救われるのです」
――さあ。
両手を、広げた。
――救えるのなら、僕を救ってください。
子は瞳をゆっくりと閉じた。
「だが、今のお前を救うことは無理だな」
ぴくり、と、肩をふるわせた。
「……どうしてですか?」
「簡単だ。お前は、救われることをあきらめているからだ」
「――何ですって?」
「死が本当に救いだと思うのなら、なぜお前はさっさと死なないんだ?なぜうじうじと今まで膝を抱えていたんだ?」
それは、
「お前自身が、死を本当の救いだとは思っていないからろう?」
「……」