八話 涼美
【荒涼】
荒れ果て、気持ちの安らぐものがないさま
――夢を、見ていた。
誰かに体を揺すられて、眠りから目を覚ました。
辺りは暗い。まだ深夜とも呼べるような暗さである。
隙間からかすかにもれる月明かりが、部屋の中を少しだけ照らし出していた。
まだ頭がさえきっていない。今見た夢のせいなのだろうか……
……夢。
僕は、どんな夢を見ていたのだろう?
……考えてみたが、どうしても思い出す事ができない。
微かに覚えている光景も、いつの間にか僕の奥深くに沈み込む様にして、消えていった。
……まあいい。
どうせ夢のことである。忘れたということは、たいしたことでははないだろう。
ふと、目をやると、部屋に誰かがいる。
髪の長い、人形のような娘
そう、名前はたしか
…涼美、といったか
「朝です」
静かに、辺りの風景に溶け込む様な口調でそう言った。
「華梁さんがお呼びです」
表情を変えず、口だけをかすかに動かすようにしてその言葉を発している。
なぜ、この娘はこれほどまでに表情を変えないのだろうか。
他の表情が想像できない。
感情と言うものが、欠落しているのだろうか……
闇夜にうつる彼女の顔は美しい。
だが、美し過ぎる。人の作る表情じゃない。
作り物だと、そう言われた方が、すんなりと彼女を受け入れられる気がする。
人の形をした作り物。
……まさしく人形だ。
体を起こし、軽く頭を振った。
――そんな事はない。
――彼女は、人間なのだ。
見た目で人を判断するのであれば、僕の場合は化け物。
――そうでは、ない。
――そうではないと、信じたい。
――彼女も僕もまた、人だ。
彼女は、感情の読み取れない目で、僕の方を見つめていた。
涼美は、静かに立ち上がった
「居間でお待ちです」
そう言って、音もなく部屋を出て行った。
存在が希薄な少女だ。
現実感が無いのだ。
この場にいても、……まるで涼美がどこか別の場所にいるように感じてしまう。
今僕と会話していたことも、今見た夢の続きのような気がしてくる。
心を閉ざしている。
それが僕が感じた、彼女の印象だった。
僕は軽く伸びをして、居間に向かった。
居間では華梁が僧形に着替え、茶をすすっていた。僕の顔を見ると「おはよう」と言って片手を上げた。
「悪いな、急に仕事が入ったんだ。憂も同行してもらう」
そう言って、一気に茶を飲み干した。
「仕事?」
「そう、仕事だ」
仕事、か。
そう言えば、まだその仕事の内容と言うものを聞いていない。
「すぐ、出発だ。準備しろ」
準備するものなど無い。
着物も一張羅である。寝間着も普段着も区別が無い。
「……仕事とは?」
「改めて聞かれると説明するのが難しいんだが……行きがてら教えよう」
華梁はそう言って軽くあくびをした。