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勇者と『ぼうけんのしょ』のEXP周回譚 ~Lv.99になるまで脱出(で)られない迷宮~

作者: 酒井カサ


 人類最終ギルドである『レッセフェール』の受付横に、迷宮ダンジョンへと繋がる扉があることを知る者は数少ない。熟練の戦士にのみ挑戦を許された特別な迷宮である。


 現れる魔物はどれも曲者揃い(EXP多め)で、能力強化(レベル上げ)には最適である。無論、生還(クリア)できればの話だが。挑戦すること自体が命懸けであることは間違いないだろう。


 ゆえに、このダンジョンで人類最後の『勇者』が日夜、レベル上げに勤しんでいるのを知る者はいないのである。


 そして、『レベル99』に達するまで、このダンジョンから決して脱出ることはできないのを知る者は、無論、いやしないのである。



「経験値周回がつまらないんじゃなくて、勇者くんがつまらないのよ」


 迷宮は地下17階層。僕たちキャンプ地としている大広間にて。

 『ぼうけんのしょ』をつかさどる精霊、ライゼは小さな唇を震わせ、淡々と辛辣な言葉を吐いた。

 それは勇者の旅路を記録し、賛美する精霊のものとは思えなかった。

 というか、いつ覚えたそんな皮肉っぽい言い回し。

 本一冊分の身長に、辞書一冊分の罵倒表現を詰め込んでいるだろっ!


「けど、人間っていうのは同じことの繰り返しに弱いんだぜ」

「弱いのは勇者くんじゃなくて?」

「冗談きついぜ、ライゼ。ここ二か月弱、僕が魔物を討伐し続けて、結構なレベルに達しているのを知っているのは、この世でお前だけなんだぜ」


 来る日も来る日も魔物を討伐する。

 睡眠と食事以外は常に戦闘に明け暮れる生活。

 たとえ世界の命運を握る『最後の勇者』だからといって、耐えられる事にも限度っていうのはある。

 誰だって好きで自分の命を危険にさらし続ける奴はいない。

 もしそんなやつがいるとすれば、そいつにはよほどのドエムだ。


「そうね。だけど勇者くんだって、最初は楽しんでいたじゃない」

「……まあ、そりゃ」


 これに関しては僕はライゼに同意するしかない。

 流石は『ぼうけんのしょ』の精霊だ。

 勇者の記録を管理することに関しては右に出るものはいない。


 この迷宮に入ったばかりの時は、自分のレベルが破竹の勢いで上がっていくことに喜んだ。ファンファーレが止まらないというのはなかなか乙なものだったさ。


 だけど、この薄暗い迷宮を心地よく思えたのは。

 ――僕に課せられた『ルール』を知る前までのことだった。

 

「なら、そのまま経験値周回を楽しめばいいじゃない?」

「たしかに、お前の言う通り、愚直に剣を振るって、魔物を経験値に変換する作業を楽しめれば、ある意味万々歳だろうけどさ……」

「――あら、なにか気にかかることでもあるのかしら? 勇者くん」


 僕が言葉に詰まったことを彼女は見逃さなかった。

 ライゼは尖ったお耳にかかった黒い長髪を払い、にやりと小さな口元をゆがめた。

 それは彼女が相手を追い詰めた時の特徴的なサインだった。

 こうなってしまえば、言い逃れることはできない。

 素直に白状するほかにない。


「ほら、この迷宮って独特なルールがあるだろ」

「ルール? そんなものあったかしら」

「おいおい、しっかりしてくれよ。『ぼうけんのしょ』の精霊なんだろ」

「ええ、そうよ。わたしは勇者くんの旅路を記録するのが、お仕事」


「なら、この迷宮が『レベル99』となり、最深部にたどり着いて『踏破』しないと、出られないシステムになっているのも覚えているだろ」


 それが僕を縛る『ルール』の正体である。

 戦士として最大級の成長を遂げるか、死ぬか。

 この迷宮に挑んだが最後、その二択を選ばなければならないのだ。

 ちなみに未だかつて、この迷宮から生還したものはいない。

 

 不幸なことに僕がこのルールを知ったのは、迷宮の内部だった。

 一気にテンションが下がったのは言うまでもない。

 しかし、そんな大切なルールをライゼは忘れていたという。


「けれど、その『ルール』とやらは重要じゃないでしょ」

「どこがだ」

「というか、勇者くんに甘すぎるルールだと思うの」

「どこがだっ!」


 こんな鬼畜な縛り、早々存在するないだろっ!

 というか、味方からはそんなこと、言われたくないのだがっ!

 まさか、あれか。ライゼはドエスなのかっ!


 そうして声を荒らげてみるが、ライゼは涼しい顔。

 まるで暖簾に腕押しみたいだぜ。ため息をつく。

 するとライゼは呆れたような口ぶりで一言。


「……だって魔王は『セカイそのもの』を喰らい尽くす邪龍じゃない」


 ――そうなのだ。

 僕が挑むのは概念そのものだった。

 群雄割拠の魔界において、たった一晩で全ての勢力を滅ぼした邪龍。

 その勢いはとどまることを知らず、そのまま人間界へ進行。

 一瞬にして、七つの大陸をまるごと喰らった。

 土地も、国も、人も、文化も。

 たった一つの小さな島国を残して。

 そうして暴虐の限りを尽くした邪龍は魔界の奥底で眠った。

 天界を滅ぼすべく、力を蓄えるように。


 そんな相手に僕は挑まなければならないのだった。

 だからこそ、今は力をつけていくしかない。

 それがライゼの主張だった。


「勇者くんは最低限、人類最強にならなければならないと思うのだけど」

「そりゃライゼの言う通りなのだけど……」

「あら、なにか歯にものがひっかかったような口ぶりね」

「いや、人間界が滅ぶか否かの自体に、こんな迷宮に潜っていていいのかなって」


 ある程度のレベルになったら、すぐに魔王討伐へ向かうべきではないか。

 そういう考えが頭によぎってしまう。

 今、この瞬間に最後の王国が攻め込まれているかもしれないのだ。

 そう思うと暢気にレベル上げを行えないのである。


「あなたは人類の希望、『最後の勇者』なのよ。替えはいないの」

「……わかっているさ」


 人類最後の勇者。

 そんな縁起でもない名称が付けられている通り、人類には一切の余裕が残されていない。

 邪悪なる龍を討滅せる神器は大陸の王族たちが守護していたが、大陸ごと飲み込まれてしまった。

 人間界に残るは僕が持つ3つのみ。



 ――滅龍剣。

 ――時空鎖。

 ――冒険の書。



 その3つの神器を残存する人類の扱えたのは、僕だけだった。

 それが僕が『最後の勇者』と呼ばれる所以なのである。

 文字通り、替えが効かない唯一無二の存在。

 ゆえに僕の失敗は。

 それすなわち、人類の滅亡を示していた。

 

「でもまあ、勇者くんが気負う必要はないと思うわ」

「……おいおい、さっきと言ってることが違うぞ、ライゼ」

「本音と建前ってやつよ。ほら、わたしって一応神器の一部だし」


 そう、実はライゼは神器『冒険の書』に付随する精霊種なのである。

 敵から得られる経験値や勇者のレベルを計算し、記録する。

 これまでに敵対した魔物の特徴から弱点を見つけ出す。

 孤独である勇者のメンタルケアを行う。

 それらが『ぼうけんのしょ』の精霊に与えられた仕事だ。


「わたし個人としては神器の大半が失われた時点でゲームオーバーだと思うの」

「おまえっ! みんなが思っていても決して口にしなかったことを言いやがったな」


 真実だからってなんでも言っていいわけじゃないんだからなっ!

 正論はあくまで正しいだけなんだからなっ!

 勘違いしないでよねっ!

 ツンデレヒロインっぽく突っ込んでみたけれど、気晴らしにはならない。

 世界が終わってしまっているのは本当のことなのだから。


 するとライゼは小さな羽音をたてて、僕の方に近づいてきた。

 そして耳元で小さくささやく。


「でも、勇者くんはそれでも信じているんでしょ。人類を」

「……ああ、だって僕は勇者なんだぜ」

「じゃあ、ゆっくりでも強くならなきゃね。ジーク」


 久々に名前で呼ばれた。

 余計ないざこざをさけるべく、勇者となる時にその名は捨てた。

 ゆえに僕の名前を知る者はいない。

 そう思っていたのに。

 どうしてだろうか、なんだかくすぐったい。

 そして、とっても嬉しい。


「……どうしたの? 耳が真っ赤よ」

「う、うるさい。なんでもねーよ」


 だけど、それをライゼに悟られるのは御免だった。

 なので、僕は彼女から距離を取るべく、足を踏み出した。


 その瞬間。





 ――カチッ。





 なんだか嫌な音がした。



 視線を下に逸らしてみると、踏んでいるパネルが下に沈んでいた。

 迷宮に仕掛けられた罠が作動したようだ。


 すると途端に身体から力が抜けていく感触に襲われる。

 これまで蓄積してきた経験が消滅していくみたいだった。



 まるでレベル上げの逆再生。



 足が動かせないし、冷や汗が止まらない。

 何とか口をパクつかせて、声を出す。


「……なあ、ライゼ。これってヤバいんじゃないか?」

「……ええ、ものすっごくヤバいわよ。このトラップ」

「どんな効果なんだ? なんとなく見当がついているのが嫌なんだが」



 そう訊ねると、ライゼは顔面蒼白でこう言った。



「レベルのリセット&第一階層へのワープ、だそうよ」



「なんじゃそりゃああああああああああああああああああああっ!」


 そう叫んだ瞬間に、罠床が白く光り、僕たちを包み込んだ。

 ああ、わざわざご丁寧にありがとよ。

 くそ迷宮システムさまよっ!




 というわけで、『人類最後の勇者』はレベルをリセットされた。

 もう人類はおしまいかもしれない。

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[一言] こう言うオチ好きです。
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