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2‐6

「まぁ! 何をしているの? グリゼルタ! 」


 頸をかしげていると、背後からお義姉さまの金切り声が響いた。


 外出先から帰ってきたところだろう。

 家着より華やかなドレスを着たお義姉さまの背後にはコートを抱えたメイドがついてきていた。


「探し物よ、お義姉さま。

 ここにあったレースのベッドカバー、知らない? 」


「あら? そんなものあったかしら? 」


 お義姉さまはそんなもの端からなかったような顔をした。


「それより、変な言いがかりをつけてルイーザの勉強を邪魔しないでちょうだい。

 三日目でやっとおとなしく座っていることを憶えたところなんだから! 」


 きつい口調で言われる。


「こんなことをしている暇があったら、テオの面倒をきちんと見てちょうだい! 

 わたくしを泥棒扱いするなんて、さすがに妾の娘の産んだ娘よね。

 自分の方が泥棒猫の癖に! 」


「な…… 

 お義姉さまに、お母様のことを悪く言われる筋合いはないわ! 

 訂正して! 」


 お義姉さまの口から飛び出した言葉にわたしは叫んでいた。


 大きな声に誘われたかのように執事と数人の使用人が駆け寄ってきた。


「猫はおとなしくしていればいいのよ。

 飼ってあげているんですから、大きな顔をするんじゃないわ! 」


「なんで、あんたにそ…… 」


 叫ぼうとした口を執事の手が塞いだ。


「オスティさん? 」


 戸惑いながら執事の顔を見ると、厳しい顔で首を左右に降られた。


「落ち着いてください、お嬢様。

 旦那様に聞えてしまいます」


 耳もとで囁かれる。


「あ…… 」


 仕方なく口を閉ざしたわたしを目にお義姉さまが背を向けた。


「いいこと、この事はお兄様に言いつけますからね」


 言い捨ててさって去って行く。


「申し訳ございません、お嬢様」


 すぐにわたしにくっつくようにしていたオスティさんが距離を取ると軽く頭を下げた。


「その、言い難いのですが…… 」


「わかっているわ、お義姉さまをなるべく刺激しないでってことでしょう? 」


 オスティさんは頷いた。




 結局、レースのベッドカバーは行方がわからなかった。


 落胆しながらわたしは部屋に戻る。


「ねぇ、グリゼルタお嬢様って旦那様の正式なお子様じゃないの? 」


 バックヤードの階段へ足をかけるとメイドの声が響いた。

 普請の関係で表と違ってこっちのほうが物音が響く。


「しっ! 声が大きいわよ。

 オスティさんに聞かれたら大目玉よ。

 若旦那様とは母親が違うってだけで、お嬢様だってきちんとした旦那様のお子様なんだから」


「だったら若奥様も何もあんな言い方しなくっても」


「ただね、お嬢様のお母様ってのが、お亡くなりになった前の奥様がご存命のうちから旦那様とお付き合いのあったお方なんだそうよ。

 もちろん、お嬢様は奥様が正式に後添いに入ってからお生まれになったお子様だそうなんだけどね」


「若旦那様にしたら面白くはなかったでしょうね。

 いくら妹とはいえ。

 自分の母親が生きているうちから旦那様に囲われていた女の娘なんて、ねぇ。

 しかも、その後添えの奥様って方が有力貴族の娘には娘だったんだけど、こっちは本当に婚外子だったんですって。

 そんなこんなで若旦那様が毛嫌いしてあからさまに邪険にするものだから、若奥様まで図に乗って…… 」


「あれじゃお嬢様が気の毒よね」


「あんた、クビになりたくなかったら、そのひと言も禁句よ」


 声を落とせと言っておきながらはっきりと聞えてるんですけど? 


 ま、裏に来ればこういった話もいつものこと。

 言っていることに間違えはないし…… 


 わたしはメイドたちに気付かれないようにできるだけ足音を忍ばせて屋根裏に向かった。

 


 消えてしまったベッドカバーの事があまりにもショックで、そのあとはどうして過していたのかあまり記憶にない。

 

 こんなことなら、もっと我儘言ってエジェの側にいれば良かった。

 そしたら、こんな思いしなくて良かったのに…… 

 

 狭くて硬いベッドの中でそう思いながら眠りについたのだけは確かだ。

 

 

◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆

 

 

「……さん、起きてください」 


 誰かがドアの外で呼ぶ声にわたしは目を覚ました。


 空はまだ白み始めたところだった。

 なのに屋根裏全体が目を覚まし息づいているみたいに、そこここから人の動く気配がする。


「こんなに朝早くから、誰だろう? 」


 眠い目を擦りながらベッドを降り、ドアを開いた。


「あ、お嬢様…… 

 申し訳ありません! 起こしてしまって」


 裏で下働きをしている下女のステラが困惑気味の声をあげた。


「できるだけ静かにやりますから、お嬢様はもう少しベッドにいてくださいね。

 あとで暖炉に火をいれますから」


 言い置いて忙しそうに次のドアを叩く。


「……さん、時間です。お願いします」


 廊下沿いに並んだドアの一つ一つに声を掛けて行く。


 そうだった。

 主人が住まいする階下とは違って屋根裏部屋の朝は早いんだ。


 暖炉の火がすっかりとぼれてしまったせいか、部屋の中は薄らと寒かった。

 わたしは軽く身震いすると両肘を抱えてベッドにもぐりなおした。

 暫くうとうとしていると部屋がほんのりと熱を帯びてきた。

 枕から頭を上げるとステラが暖炉の前にかがみこんでいた。


「ごめんなさい、こんなところまで薪を運ばせて」


 煤で汚れた手を拭いながら立ち上がるステラに声を掛けた。


「気にしないで下さい。

 どうせ坊ちゃまのお部屋にも火を入れるんですから。

 それより、今朝はすみませんでした。

 お嬢様が起きないようにできるだけ静かにしろって言われていたのに。

 明日からはもう少し静かにやりますから。

 これを置いて手を洗ったら、着替えのお手伝いに来ますね。

 お嬢様についていたメイドは下のお嬢様のお世話があるそうなので」


 ステラは軽く頭を下げると忙しそうに下がっていった。

 


 ……やっぱり、部屋だけじゃなくて、メイドまでそうなる訳か。


 ため息を付きながらわたしはベッドを降りた。

 

 来るといってくれたステラの到着を待たずにわたしは着替えをはじめる。


 降ろしたままの髪も、丈の短いドレスも一人で身支度するには楽。

 お義姉さまの嫌がらせがこんなところで役に立つとは思わなかった。

 

「すみません、遅くなりまして」


 ほぼ着替えが済んだころ、ステラが息を切らして駆け込んできた。


「大丈夫よ。

 一人でも何とかなったから。

 ごめんね、皆忙しいのに…… 」


 髪にリボンを結びながらわたしは答える。


 下働きのステラが抜けた分、今度はバックヤードの誰かにそのしわ寄せが行っているはず。

 それを考えると申し訳ない。


「あの、お嬢様。

 昨日お探しだったベッドカバーなんですけど」


 わたしの背後に回り、手にしていたリボンを受け取りながらステラが申し訳なさそうに切り出した。


「知ってるの? 」


「パーラー係のメイドの話なんですけど、若奥様が売り払ってしまったそうなんです。

 お嬢様のお人形や絵本と一緒に」


「そう…… 」


 わたしはかろうじてそれだけつぶやいた。


 どうりでお義姉さまがムキになる筈だ。


 そういえばあの時は動転していて気が付かなかったけど、よく考えるとルイーザが居たあの部屋に人形の姿はなかったような気がする。

 アルダーレースのベッドカバーもビスクドールもどちらかと言えば高価な物だ。

 あのドケチ、いや倹約家のお義姉さまならやりかねない。


「お嬢様? 」


 この時のわたしはどんな顔をしていたのだろう? 

 ステラが怯えたように問い掛けてくる。


「あ、ごめんね」


 とりあえず謝る。


「買い戻す訳には行かないんですか? 」


 提案としてだろう。

 ステラが言ってくれる。


「無理よぉ。

 そもそもお義姉さまが何処に売ったかもわからないし。

 アルダーレースってね、もっのすっごく高価なの。

 ステラの身分なら郊外に家一軒建つくらいに。

 もともとはお母様がお嫁入りの時に、嫁入り道具の一つとして持ってきたものなの」


「残念ですね」


「もういいわ。

 どっちにしろこのベッドじゃ小さくて、使える大きさじゃなかったし」


 気持ちを切り替えようと息を吐きながらわたしは立ち上がる。


「お手伝いありがとう。

 そろそろテオが起きる時間だから行くね。

 テオの朝食運んでもらっていい? 」


 お願いして、わたしは続き部屋へのドアを開けた。

 

 


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