2‐5
屋根裏部屋に戻るとわたしは、目の前に広がる光景にため息をついた。
「どうすればいいのよ、これ」
せめて最低限、それぞれに分けて積み上げておいて欲しかった。
何もいらないものを捨てるかのようにこの部屋へ放り込んだだけだなんて、どうかしていると思う。
ま、片付けるのは放り込んだ本人じゃないんだから、気なんか使う訳ないか。
「それにしても、まさか子供部屋の隣とはね」
客間ならまだしも、この部屋を自分が使う日が来るとは、思ってもみなかった。
いっそのこと、散らかり過ぎたこのベッドを言い訳にして客間のベッドに潜ってしまおうか。
「……や、駄目だよね」
そんなことしたらお兄様もお義姉さまも黙ってはいない。
この荷物、今度は自分で全部客間に運ばなくちゃいけないし。
それに邸の東側に集中している客間はバックヤードから遠くて、もし夜中にぐずりだしたテオがメイドの手に負えなくて、迎えに来られたりなんかしたら。
これから寒くなるのに毎晩あの冷たいバックヤードの階段を上り降りするのは辛いかも。
考えるとデメリットばかり。
ここなら、屋根裏だけどメイド達が使っている部屋と違って、子供部屋の隣だから暖炉にも豊富に火が入ってあったかいし、何よりあの底冷えのする階段を上り降りしなくていい。
「考え様によっては一番条件がいいかもね」
一人つぶやいて、わたしはベッドの上に散らかった本に手を伸ばした。
最低限ベッドの上だけは片付けないと、ソファもないこの部屋じゃ今夜床に横になる目に遭う。
「えっと、まずは本棚に本を納めて、っと」
四・五冊の本を手に取りわたしは壁際に目を移す。
「……書棚なんてあるわけないか」
一つのベッドが置かれただけであとは通路と着替えができるスペースがかろうじてあるだけの部屋に、当然だが本棚なんて物はない。
仕方なく壁際にそろえて積み重ねることにした。
「あとで、なんか考えよう」
つぶやきながらまた別の本に手を伸ばす。
本はドレスの下にもまだありそう。
「誰か、せめて一人。
手が欲しいな」
そしたら仕事がはかどるのに。
「グリゼルタおねえちゃま、何してるの? 」
ため息混じりにつぶやいていると、小さなテオが子供部屋と直接繋がるドアから顔を出した。
手は欲しかったけど、テオじゃね。
「おへやはちらかしちゃいけないって、ばあやが言ってたよ」
散らかるだけ散らかった部屋を目に、テオが大真面目に言う。
「これはね、その……
散らかした訳じゃないのよ。
え、っと…… 」
確かに散らかってはいるけど、散らかしたのはわたしじゃないし……
「ご本で積み木してもばあやに怒られるよ」
部屋の壁際に積み重ねられた本を見て更にテオが言う。
「や、これは積み木じゃなくて、ね」
小さなテオには何でも遊びに見えるらしい。
いいことを思いついた。
「そうよ。
だけど今日は特別なの」
わたしはウインクしてみせる。
「とくべつ? 」
「そう、このご本の下にね、宝物が隠してあるの。
上手にご本を積み上げたら宝物が出てくるかも知れないのよ」
「ほんと!
じゃ、ぼくやる!
お手伝いしていいでしょ? 」
テオが目を輝かせた。
「じゃぁね、テオ。
まずはこのご本をあっちに持っていって上手に積んでね」
わたしはベッドの上を指差して、さっき数冊積み上げた壁際を指差す。
「うん! 」
大きく返事をしてテオは一冊づつ本を運ぶ。
正直、効率はあんまり良くないけど、でもお手伝いの手はないよりマシ!
本をどけたことで現れたドレスを吊り上げ降って皺を伸ばし、小さなクローゼットに押し込んだ。
「お嬢様、お食事の用意ができました」
メイドが声を掛けてくる。
「ありがとう。
じゃ、テオをお願いね」
丁度嫌気が差し始めてきたところだったので、わたしは立ち上がる。
とっくに飽きてわたしの傍らでおとなしくまだ読めない本を捲って遊んでいたテオを残して部屋を出ようとした。
「それなんですけど」
メイドが申し訳なさそうに顔を歪める。
「若奥様が今日からテオドール坊ちゃまとこちらで取るようにと」
「は? 」
……なんか、妙に聞きたくない言葉を聞いたような気がする。
「ルイーザお嬢ちゃまが階下で旦那様がたとお食事をなさることになりましたので。
どなたかが坊ちゃまのお相手をしなければおかわいそうだからと、仰っていました」
いかにもあのお義姉さまのいいそうな言葉。
相手がいなくて可哀想って、乳母を辞めさせたのはお義姉さまじゃない。
確かに貴族の奥方は子供の面倒は見ないものだけど、だったら乳母をこんなに早く辞めさせたりしなきゃいいのに。
「納得はいかないけど……
ま、いいわ」
腹は立ったけど、考え様によってはこの方がいい。
どうせお父様はベッドから出られなくてお部屋でお食事をとるし。
正直あのお兄様と今日からまた一緒に食事だなんて、考えると気が滅入ったところだし。
「じゃ、テオ。
行きましょう、お食事ですって」
わたしはテオに声を掛けた。
つるんとした額に掛かったテオの栗色の前髪をそっとかきあげて見る。
お手伝いにせいを出したからか、今日のテオもすんなりお昼寝してくれた。
額に触ったくらいじゃ目を覚まさない。
「さてと、片付けちゃわなくっちゃね」
わたしはベビーベッドの脇から立ち上がると隣室へ移動した。
ベッドの上にはまだ数枚のドレスが広がったままになっていた。
すぐに背が伸びるからとほとんど作ってもらえなかったドレスだけど、それでもこの小さなクローゼットには入りきらない。
より分けておいた季節はずれのドレスは、オスティさんにでも頼んでどこかの物置部屋にもでも預かってもらおう。
テオのおかげで本はほとんど片付いた。
問題はご褒美の宝物なんだけど……
わたしは乱雑に、それでもテオが一生懸命積み上げてくれた本の背表紙を見る。
確か昔お父様に買ってもらった手彩色の絵本があるはずだった。
子供の頃からの宝物で大切にしていたんだけど、それが見当たらない。
ついでに、小さなころお爺様に貰ったビスクドールとかも姿を消していた。
まぁ、このお部屋じゃ持ってきてもらっても入らないし。
もう、お人形遊びする年じゃないから構わないんだけど。
本を移動してもらえただけは有難い。
揃った装丁の本は貴重品だもの普通の家だったら、応接室や書庫などに積み上げて見せびらかすのが常。
だから階下の本棚に行ってもおかしくはなかったのに。
お義姉さまが本に興味がなくて助かった……
けど……
「もしかして、ベッドカバーが、ない? 」
ほとんど片付いた部屋の中を見渡して、わたしは呆然とつぶやく。
とりあえずベッドの毛布を剥がし、シーツを捲る。
「嘘よね。お母様のお形見の……
アルダーレース! 」
見間違えであればいい、わたしの勘違いであって欲しい。
そう願いながら祈るような気持ちで探す。
だけど、この狭い室内、何処を探してもベッドカバーが見当たらない。
恐らく運び忘れた?
ううん、忘れたんじゃなくてビスクドールと一緒に意識的に残したんだと思う。
お人形も絵本ももう飾っておくだけでほとんど手にとることがなかったからいいけど、あれだけは譲れない。
わたしは急いで階下へ駆け下りた。
小走りに廊下を走り、かつて自分の部屋だった一室のドアを開く。
「グリゼルタおねえちゃま? 」
光の入る窓際のテーブルで新顔の家庭教師と向き合っていたルイーザが顔をあげた。
「お勉強中ごめんね、ルイーザ。
あのね、ベッドカバー知らない? 」
二三日前までそこに掛かっていたベッドに目を向ける。
だけどベッドには生成りのレースじゃなくて、ルイーザが好きそうなピンクの花柄木綿のベッドカバーが掛かっている。
次いで歩み寄り、シーツの下まで確認した。
やっぱりない?
だとしたら何処に?