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6-2

 

 お式を済ませたのはその月の最終日だった。


 さすがにジュスト伯爵様も、あまり先に送ってまた何かあったらと危惧したみたいで、エジェの都合を全く聞き入れなかった。


 最初のお式と同じように郊外の小さな神殿で、事情を知っている人だけに立会ってもらってのひっそりとしたお式。


 婚姻契約書のエジェの名前の隣に並ぶのがわたしの名前じゃないのは気に入らないけど…… 


 サインをした契約書から顔をあげると、側で見ていてくれるエジェの顔を見上げる。


 うん、大丈夫。

 隣に居るのは間違えなくエジェの実物。


 ペンを返してエジェの手をとる。


 名前なんてどうだっていい。

 今わたしが握っているのはちゃんとエジェの手。

 もう絶対に離さないんだから! 


 そんな思いを込めて握る手に力を込めた。

 

 


 披露宴と言うわけに行かないけど、お式に時間を割いてくださったみんなとの晩餐会を済ませたわたしたちは、エジェが寝起きしているお店の裏手の一室に戻った。


「本当に良かったのか? 

 ここじゃなくても家はあったんだけどな」


 わたしを抱き上げて家のドアを潜ったエジェは、寝室のベッドまで運んだあとで申し訳なさそうに言う。  


「エジェのおばあ様から譲っていただいた、郊外の邸でしょ? 」


 その話はお式の前にエジェだけじゃなくてジェルジョ伯爵様にも言われた。


「ここよりよっぽど快適だぜ」


 目に掛かって視界を邪魔するベールを外しているともう一度言われた。


 要はここ、エジェが仕事の合間に寝泊りするには全く問題ないけど、夫婦の新居には不向きって話。

 幸い、あまり大きくはないけど自分名義の家をエジェは持っているから、そこを新居に定めたらほうがいいと。


「やっぱり、今からでも…… 

 いつでも入れるように手は入れてあるし」


 エジェは更に言う。


「や…… ここがいいの。

 エジェ、こんな仕事してたら毎日朝にならなきゃ帰ってこないでしょ? 

 いやぁよ。

 すれ違いの生活なんて。

 それに、綺麗な女性のお客さん達と毎日顔を付き合わせる仕事なんだもの、見張っていなくちゃ浮気されそうで不安だもの」


「俺ってそんなに信用ないわけ? 」


 エジェが心外だと言いたそうに目を見開く。


 わかってる。

 エジェはそんなことしないって。

 きちんと公私は分けているって、エジェの周囲の人誰に訊いても皆口を揃えてそう言う。

 だから、このお仕事の場所を暮らしの場所にしたくないんだと思う。


 本当は、ね。

 こんなにずっと待たされたんだもの。

 また、毎日旦那様の帰りを待つ生活なんて絶対にいや。

 少しくらい手狭でも不自由でも環境が悪くても、いつでもエジェを感じられるところに居たい。

 だから、少しだけ我儘を言ってみる。


「でも、やっぱりここは環境が悪いだろ? 

 向こう三軒両隣どころかこのとおり全部呑み屋だし」


 それでもまだ、エジェはわたしを説得するように言う。

 何かエジェなりのほかの理由がありそうで、何回か訊いたけどそこは巧くはぐらかされた。


「子供のこと? 

 エジェ気が早すぎ。

 大丈夫よ、その時が来たら考えるし。

 それよりエジェ、昔から片付けとか帳簿仕事とか苦手でしょ? 

 少しはわたしもお手伝いできると思うのよね」


 そっちがその気ならこっちも惚けるだけ。


「いや、そうじゃない。

 そうじゃなくて…… 

 ごめん。

 約束一つ守れなかった」


 やっぱり何か言いたくなさそうで、エジェは話題をはぐらかす。


「えっと、何のこと? 」


 ベッドに腰掛けたまま顔をあげてわたしは睫を瞬かせた。


「結婚披露のパーティ。

 街のカフェでやろうって、約束してただろう? 

 できなくて、すまん! 」


 エジェは思いっきり頭を下げる。


「憶えててくれた、の? 」


 思わずわたしの声が詰まる。


「お前、楽しみにしてただろ? 」


「仕方がないじゃない。

 お仕事上まだ“独身らしい”ほうが都合がいいんでしょ? 

 それに、エジェの結婚した相手が、とっくに他の貴族のお家にお嫁に行ったはずの元婚約者と瓜二つの顔をしていた、なんてことが世間に知れたら大騒ぎになっちゃうもの」


 だから、お式に立ち会ってくれた人もほんの一握り。

 エジェのお店の従業員にも内緒。


「ありがとう、憶えていてくれただけで、うれしい。

 気にしないで、今一番欲しいものは別にあるの」


 わたしはエジェに笑いかける。


「なんだよ? 一番欲しいものって? 」


 わたしの言葉にエジェが首を傾げた。


「ん、内緒。

 ここに居ていいって言ってくれたら教えてあげる」


 じらすように言うと、側に居る許可をねだって、小首を傾げて甘えてみる。


「あぁ…… もうっ。

 わかった」


 少し弄れたようにエジェが言う。


「いいの? 」


「……、ただし、その顔あっちこっちでするなよな」


 少し照れたように吐き捨てる。


「ありがと、エジェ! 」


 今が一番幸せ。

 そう感じるだけで笑みがこぼれた。

 そのわたしの顔を目に満足そうに目を細め、エジェが隣へ身を寄せる。

 

 エジェの腕が伸ばされ肩を回ると引き寄せられた。

 わたしはその胸に頭を預ける。

 エジェの鼓動が温もりと供に直接耳に伝わって、わたしを安心させてくれる。

 その鼓動をもっと良く聞き取りたくて目を閉じて伝わる音を確かめていると、小さな吐息と供にエジェの顔が近寄って来る。

 触れるだけのキスが繰り返された後、それは徐々に深くなる。

 頭に触れるエジェの手がわたしの髪を確かめるようにまさぐり、その手が胸元に下りてくる。

 そのまま、二人でシーツの波に身を委ねた。




※スピンオフ「ホストの俺が……」18話


このお話はここまでです。

お付き合い、ありがとうございました。少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。

スピンオフの方はもう少し続きます。

よろしければ、そちらにお付き合いくださいませ。

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