5-10
「わたしは構わないわよ」
部屋の入り口に立つと声を張り上げる。
「莫迦っ、おまえ起きてきていいのか? 」
エジェが困惑した声をあげた。
「ん、もう平気。
あの薬すッごく良く効くのね」
確かにさっきは安堵で躯の力が抜けたけど、こうして意識してみるとすごく躯が軽い。
部屋の中へ駆け込むとエジェの隣に腰を降ろした。
「姫君に誉めていただけるとは光栄だね」
伯爵様が満足そうに目を細めていった。
「それで、きちんと訊くけど。
グリゼルタ、私の義妹になるつもりはあるかな? 」
「もちろん! 」
もちろん、なんてもんじゃない。
絶対、必ずエジェのお嫁さんになるの。
そんな思いを込めて答える。
「ばか、侯爵夫人の座放棄してどうする? 」
だけどエジェはまだ少しだけ戸惑っているようだ。
「そんなのどうでもいいわよ。
身分より命の方が大事だもの。
どうせ好きでもない、じじいだったし。
病気のお父様があんなに大乗気じゃなければ突っぱねていたわよ。
だけど、誰かさんは妙な商売はじめてプロポーズどころか婚約解消言い出しそうだし。
お義姉さんには妙に嫌われて家には居難いし。
半分ヤケだったのよね。
もう、引き取ってくれるお家なら何処でもいっかって」
「おまえ、短絡的すぎね? 」
エジェが呆れたように言う。
「さすがに、殺されかけるとは思っていなかったし。
従姉妹達だってそんな感じだったから、仕方がないのかなぁって。
相談しようにもエジェは国外に行ったきり帰ってこないし」
「あれは……
その、済まない」
「ううん、聞いたわ。
侯爵様が妨害していたんですってね」
「まさか兄さんからの手紙まで握りつぶされているとは、あの時は全く気がつかなくて…… 」
バツが悪そうにエジェが顔を顰めた。
「じゃ、決まりだね? 」
伯爵様がわたしの顔を覗き込んで訊いてくる。
「ちょい、待て。
俺の意思は? 」
エジェが慌てて抵抗する。
「そんなの決まっていなければ、夜中の侯爵邸に押し入ったりしないだろ? 」
「押し入ったの? 」
伯爵様の言葉にわたしは目を見開いた。
「そう、あのピアスがつけ続けると命に関わるシロモノだって知った途端にね。
夜中だからって引き止める家令を無視して邸の中にねじ込んだんだ」
でも、おかげで、だからこそまだここにいられる。
「助けてくれてありがとう」
わたしは改めて二人に頭を下げる。
「間に合って、本当に良かったよ。
あと、戸籍なんだけどね。
申し訳ないんだけど、取り返すわけには行かなかったって言うか」
「わかってます。
戒律で離婚できないものね」
わたしは息を吐いた。
戸籍を返してもらえば自動的に侯爵夫人の座も返ってくる。
それじゃ、命が幾つあったって足りたものじゃない。
「そこで、侯爵の愛人の戸籍、君の身柄と一緒に貰ってきたから」
引き換え条件のように伯爵様は言う。
「は? そんなものどうすんだよ? 」
エジェが意味がわからないと言った様子で訊いてきた。
「むこうの女が侯爵夫人の座に着くには貴族の令嬢の戸籍は不可欠だし。
今後グリゼルタがそれを名乗れないとしたら別の戸籍が必要だろ?
結婚するにはとりあえず形だけでも戸籍いるんだぞ」
「つまりはその侯爵の愛人とコイツ入れ替わらせるってか?
気に入らないな、向こうばかり条件よくないか? 」
「おまえは、グリゼルタでありさえすればいいだろう?
むしろ子爵家と縁が切れていたほうが都合がいいとおもうよ。
婚約者のいる妹を多額の融資と引き換えに別の男に売り払うような兄、縁が切れていたほうが安全だ。
正直私だって縁続きにはなりたくない」
「侯爵ってグリゼルタの持参金目当てに結婚したって話じゃなかったか?
俺はそう聞いたぞ」
エジェの話はわたしも初耳。
世間様ではそんなことになっていたんだ。
「それも偽装工作だよ。
実際に金に困窮していたのは子爵の方。
だから婚姻と引き換えに融資を申し入れたんだよ侯爵は。
ただ、そうなると我が家が、グリゼルタのためにティツアーノの借金肩代わりするとか言い出すかも知れないだろう?
それに、花嫁を金で買ったとなると評判が悪いから、わざと借金を作って結婚後返済したんだ。
花嫁の持参金で賄ったかのようにね」
「手が込んでいることで」
あまりのことにあきれ返ってそれ以上言葉も出ない。
「そこまでするほど相手の女に惚れぬいていたってことだろう」
伯爵様が呆れたように呟いた。
「幸い、我が家は実力重視だからね。
例え戸籍がどうだろうと、生まれがどうだろうと、強い魔力を持っていれば問題ない。
と、言うわけで。
話はこれで完了。
そろそろ、診察時間だから…… 」
手にしていたカップを置くと伯爵様は立ち上がる。
「そうそう、グリゼルタは経過観察したいから暫く入院だ。
まだそこにいていいけど、もう少ししたらベッドに戻るんだよ」
出掛けに足を止めて伯爵様は言う。
「悪い、俺もちょっと行って店閉めてくれたか確認してくる」
思い出したようにエジェも立ち上がる。
きっと、あの時、お店も何も放り出して駆けつけてくれたんだと思うと、胸が締め付けられた。
だけど……
エジェ、何か肝心なこと忘れていない?
それを聞かないと、わたしおちついてベッドに戻る気にはなれない。
「ちょっと待って! 」
兄弟二人して出てゆこうとする背中をわたしは呼び止めた。
「ね? なんだか、伯爵様にいいように丸めこまれて、わたし肝心なことエジェの口から聞いていないんだけど」
立ち上がるとエジェの前に回りこむ。
「えっと、なんだっけ? 」
わざと反らせたエジェの照れくさそうな顔が赤く染まる。
「今更、言えるかよ…… 」
ぼそりと呟かれた。
だけど、またこのまま曖昧にされて目の前からエジェが消えてしまうのが側にいられなくなるのがとても怖い。
だからお願い、エジェ……
祈るような気持ちでエジェの顔を見つめる。
「うう…… 」
エジェの口かからため息にも似た唸り声がこぼれる。
顔が耳まで紅く染まる。
その顔を穴が開くほど見つめ続けた。
「言えばいいんだろ?
結婚してください! 一生大事にします! 」
少し自棄のようなエジェの声。
だけど、今までで一番エジェから欲しかった言葉だ。
「はい! 喜んで。
ありがとう、エジェ! 」
見上げていたエジェの顔が涙で滲む。
知らずにそれは目からこぼれ頬を伝っていた。
※スピンオフ「ホストの俺が……」17話




