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目を閉じ大きく深呼吸する。
机の引出しからレターセットを取り出した。
新聞にあった住所に充てて、面接の予約を取る手紙を書く。
って、ちょっと待った。
返事の住所どうする?
ここは絶対に不味いよね。
何しろこの家に来る手紙の類は全部家令さんだか侯爵様ご本人がチェックしてる。
侯爵様、わたしが消えることには何の感慨も持たないだろうけど、この邸を出てゆくなんて絶対許さないだろうな。
飼い殺しにしておく分には安心だけど、何かの弾みで大金積んで手に入れた花嫁を追い出したなんて話が広がったら、それこそ家の体面に関わる。
……やっぱり、妙な計画立てないで、そのままふらぁっとこのお邸出るべきかな?
多少のお金ならある。
暫くホテルにでも泊まって、その間に仕事探そうか。
ため息をつきながら軽く身震いした。
西向きの部屋は午後からはいいけど、午前中は日が入らないからこの季節になると肌寒い。
ベッドの端に置いてあったショールに手を伸ばす。
マレナが編んでくれたショールは暖かくて、まるで昔マレナに抱きしめてもらった感覚が蘇る。
そうだ。
マレナばあやなら、ひょっとして?
お願いすれば知人としての紹介状、書いてくれるかもしれない。
そういえば、このショール頂いたお礼に何かお返ししようって考えただけで、お礼の手紙を書いただけだったのよね。
だったら「贈り物のお返しを届けながら挨拶に行く」って口実で、ばあやのところにいける!
確か、これが送られて来た時の小包に書いてあったばあやの住所、控えておいたはず。
机の引出しを開けて手帳を取り出す。
「あった! 」
住所録の頁を開いて目で追う。
書いてあった住所は街の郊外。
良かった、ここなら歩いて行っても半日で済む。
そうしたら、お返し何にしようかな?
今からマーケットに行って何か見てこよう。
思いついたらじっとしてはいられなかった。
出してあったレターセットを仕舞い、新聞を畳む。
いそいそと外出着に着替え、着ていたドレスをクローゼットにしまいこむと同時にドアがノックされた。
「……お茶をお持ちいたしました」
ドアを開けると、家令さんがいつもと同じ表情でトレーを掲げて立っている。
「どちらかへお出かけですか? 」
着替えの済んだドレスをしっかり見られてしまった。
家令さんは、いかにもそれが迷惑だとでも言いたそうに憮然と訊いてくる。
「ちょっとマーケットまで、ね」
「お届けした新聞ではご不満でしたか? 」
ものすごい目線で睨まれた。
確かに、新聞届けてくれなきゃ外出するわよ。
って脅したんだから、家令さんにしてみれば新聞が届けばおとなしくしていてくれると思ったんだよね。
「え、えっと……
『週間帝国経済ジャーナル』」
顔を引きつらせながら言ってみる。
家令さんが届けてくれた数誌の中に、確かその新聞はなかった、はず。
「その新聞でしたら、ご婦人がお読みになってわかるような記事は一つも載っていませんが」
鼻を鳴らすように言われた。
「何を読もうとわたしの勝手だわ」
もちろんその表情が異常に癪に障った。
「わかるかわからないか、面白いか面白くないかなんて読んでいる本人次第でしょう?
何年もお父さまのお相手をして読んでいたんだもの、続きが気になる記事だってあるのよ」
早口でまくし立ててみる。
「でしたら、暫くお待ちください。
週刊誌ですので今日の分はなかったかと。
先週の分を探して参ります」
さすがに、家令さんはこれ以上面倒だと言う態度はとらなかった。
しぶしぶ頭を下げて出てゆく。
その背中を見送ってわたしは大きく息を吐いた。
深呼吸すると少しだけ昂ぶっていた気が落ち着く。
ま、普通はそうよね。
経済誌なんて女子供の読むものじゃない。
男性側からみたら、生意気にしか見えないだろう。
女はファッション誌と家政情報でも読んでいればいい。
そう思っているはず。
現に普通ならそれだけで充分。
病状が進んでベッドから頭が上がらなくなり目も霞んで細かい文字を追う事が困難になったお父さまに経済誌を読み上げていたけど、正直その知識が今のわたしに役立っているなんてことは全くない。
こんなことなら『日がな一日家に押し込められても退屈しない方法』もしくは『新婚早々、夫に浮気された場合の対処法』でも読んで頭に入れておくべきだった。
運んでもらったお茶をポットから注ぎ、ゆっくりとカップを傾けながら考えていると、早速ドアがノックされた。
「これで、よろしいですか? 」
よっぽど外出してもらいたくないのだろう。
家令さんは一抱えぶんもの古い新聞を運び込んできた。
失敗した。
新聞を持ってきてもらった手前、その新聞を読まずに出かけるとはいえず、咄嗟に口走ったことが仇になった。
これじゃ出かけるに出かけられない。
はっきり贈り物探しに行きたいって言ったほうがよかったかな?
ため息混じりに座りなおして持ってきて貰った新聞を広げるほかはなかった。




