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5-2

「いいから、飲めよ。

 少し何かを口に入れるだけで落ち着くから」

 言いながらわたしの手に強引にグラスを握らせる。

「……喧嘩でもできれば、まだ、まし、なんだけど、ね」


 受け取ったグラスの中で揺れる液体を見つめてわたしは呟く。

 

 今更ながらだけど、こんな話エジェにしていいことじゃない。

 

「無理にとは言わないけどな、良かったら話してみ? 

 もしかしたら力になれるかも知れないし」


 躊躇っているとわたしの思考を読み取ったように言われる。

 

 きっとこのまま口を閉ざしていても、エジェはこれ以上何も聞いては来ないだろう。

 ただ暫く側にいて、わたしが少し落ち着いたら帰そうとするのはわかりきっている。

 

「……侯爵様、ね。

 愛人が居たの…… 」


 どうせ帰されるのなら、やっぱり聞いて欲しい。

 小さく息を吸ってわたしは呟く。

 

「よくある話だろ? 

 貴族同士の結婚なんて、家同士の結婚なんだからさ。

 お前まだ結婚して半年も経っていないじゃないか。

 もう少し一緒に居て相手の事をもっと良くわかれば自然とお互いのこと思えるようになるんじゃないか」


 エジェの口からは決まりきった言葉が返ってきた。


 きっとお父さまやお母様が生きていてもやっぱりそう言うだろう。

 そう言うものだから、我慢しなさいと。

 それが貴族の妻の勤めだと。

 

「そんなのわかってるわよ」


 だけどエジェの口からそういわれたことがやけに腹がたってわたしは思わず声を張り上げる。


「わたしね、結婚してからこの方。

 侯爵様のエスコートで夜会に出たこと一度しかないの」


「はぁ? 

 そんなことで拗ねてたのかよ? 

 あれだろ? 若い美人の新妻、他人に見せたくないって奴。

 たまに居るよな、そういう独占欲の強い男。

 大事にしてもらっているってことだろ? いいことじゃないか」


 惚けたようにエジェは言う。

 

「そうじゃないの。

 何故だかわからないけど、わたし出席した覚えのない夜会に必ず顔を出しているって、この間ミリアムに言われて。

 ついでにミリアムが言うのに結婚してからわたしそっけなくなって侯爵様にくっついてばかりで古くからの知り合いとかお友達と会話や挨拶どころか目を合わせることも避けるようになったって」


「なんだよ? 

 その妙な話」


 さすがのエジェもあっけにとられたように目をしばたかせた。


「不思議でしょ? 

 そしたらミリアムが調べてくれたんだけど、どうだったと思う」


 どんな風に言ったらエジェに信じてもらえるか、頭の中で組み立てているうちに、少しだけ落ち着いてきた。


「侯爵は夜な夜な夜会に愛人をエスコートしていたってか? 」

 言いたいことの先を言われた。

 

 それくらい当たり前のことなのかも知れないけど。

 

「そこまでは良くある話って言うか。

 まぁ、なきに越したことはない話なんだけど、たまに夜会とかで噂話になるでしょ」


 既に笑い話に昇華してしまうほどありきたりのこと。


「問題はその後よ。

 侯爵様がエスコートしてたのってわたしだったの! 」


 声を張り上げて身を乗り出した。


「はぁ? 

 ちょっと待った、意味がよくわかんね。

 それじゃおまえ侯爵と夜会行っているってことだよな? 」


 考えを整理するようにエジェの視線が上を向く。


「正確にはね。

 わたしと同じ髪と瞳の色の同じ位の背格好の女。

 その女性がわたしの持っていたのとよく似たドレス着て、お母様のお形見のわたしのパリュール身につけて、わたしがよく結う髪型に髪を結って、わたしの名前で侯爵様にエスコートされていたの」


「それ、なんだよ? 」


 呆れたようにエジェが訊いてくる。

 

「不思議でしょ? 

 だから、我慢できなくて聞いちゃったのよね。

 侯爵様に」


「相変わらずせっかちだな。

 普通はこういう時じっくり考えるだろう」


 呆れたようにエジェは言う。


「だって、気持ち悪いじゃない。

 煮え繰り返った腸抱えて黙ってるのって」


 そりゃ黙って見なかったことにして忘れてしまえば、波風が立たないのは判っている。

 けど、それじゃわたしの気持ちはどうしたらいいの? 

 泣き寝入りなんて真っ平。


「で? なんだって? 」


 気を取り直したようにエジェが訊いてくる。


「……はっきり言われたわ。

 その女、侯爵様との間にもう男の子を産んでいるんですって。

 だから、わたしとの間の子供は要らないって。

 家督はその子に継がせるそうよ」


 言っているうちに腹が立ちすぎて何がなんだか判らなくなって、私は手にしたグラスの中身を喉の奥へ流し込んだ。


「う…… 」


 思わず言葉に詰まる。


 オレンジ色と言ってもいいのか微妙な色に味の想像がつかなかったけど、実際の味は予想のはるかに上をいっていた。

 妙に青臭くて、苦くて渋くて。

 その上にバターとかホイップクリームみたいな乳製品のこくが舌に絡まる。


「何よ、これ」


 少量だったからかろうじて飲み下したけど、この倍あったら多分グラスを空にするのは無理だったかな? 

 同じ物もう一度飲めって言われても、二度と無理。

 そのくらい酷い味。


「エジェ、こんなものお客さんに出してるの? 

 よく悪い評判立たないものね」


 飲み下したあとも味が舌に残る。

 何かで口直ししたい気分。


「そうか? 

 確かシュガーオレンジ風味とかで女性に飲みやすい低アルコールだって、出入りの酒屋が…… 」


 惚けたようにいいながら、エジェは瓶を手に取るとラベルに視線を走らせる。


「……悪い。

 間違えた」


 少し困ったような顔をして、エジェが慌てて頭を下げる。

 これはなにか妙なものだったのは間違えない。


「何飲ませたのよ? 」


 一応訊いてみる。


「それが、その…… 」


 はっきり言いたくないのか、エジェはもごもごと口の中で呟いてそのまま黙る。


 明らかにこれがなんなのか判っていそうなんだけど。

 焦っていないところをみると、洗剤とか毒とか躯に害のあるものじゃなさそう。

 というか、むしろ頭がすっきりしてここのところずっとだるかった躯が軽くなっている。


「まぁいいわ。

 味は酷かったけど、なんだか元気が出たし」


 立ち上がっても息が切れない。

 こんな感覚久しぶり。

 魔術医のお兄様を持つエジェのことだから、きっと何かの回復薬みたいなものかも知れない。


「具合、悪かったのか? 」


 わたしの言葉にエジェが様子を探るように顔を覗き込む。


「たいしたことないの。

 すこぉし眠れなかっただけだから、心配しないで」


 余計な心配をかけさせたくなくて、わたしは慌てて手を振った。


 そのわたしの手をエジェが必要以上に凝視してくる。


 やば…… 

 ばれちゃったかな? 

 慌てて手を引っ込めてわたしは笑顔を作った。


「だから、おまえ早々に指輪はずしたのか? 」


 やっぱり、ばれたよね。

 わたしの左手に指輪がないの。


「指輪? 

 ああ、最初からないの。

 それがね、作る時にサイズを間違えたみたいで太すぎてゆるゆるだったのよね。

 それで侯爵様が直しに出してくださったんだけど、まだ戻ってこないんですって」


「んな、いくらなんでももう結婚式から半年だぞ? 」


 ミリアムと同じように言う。


 多分指輪は持ち主に戻っている。

 けど、何故かそこまでエジェに言えなかった。


「侯爵様、出入りの宝石商にはこだわっているみたいだから。

 その代わりにって、これ…… 」


 わたしは髪をかきあげ耳朶を見せる。

 わたしにマリッジリングを持たせないやり方なんて他にもあったと思う。

 例えば、とりあえずもう一組作って結婚式のとき片方だけわたしに渡して自分の分は破棄するとか。

 そのほうがばれない可能性が高いと思うんだけど。

 だけど、形だけの指輪を共有することさえ嫌がった。


「侯爵様と片方ずつなの。

 指輪が戻ってくるまでこれで我慢してくれって」


 そのくせ、何故か妙にこのピアスだけにはこだわっている。

 商売柄女の子を喜ばせる習慣とかの知識に詳しいエジェならきっと、この意味を知っているかもしれない。


「ふうん、洒落たことするんだな」


 何か特別な意味もないみたいで、エジェは曖昧な返事をする。

 侯爵様のあの執着振りは絶対何かあると思ったんだけど、拍子抜け。

 それならそれで別にいい。

 


※スピンオフ「ホストの俺が……」13話

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