4-13
着替えを済ませ鏡の中を覗き込む。
鏡面に黒いドレスを着たわたしの姿と供に背後で出来上がったばかりのコーラルピンクのドレスが映りこんだ。
ミリアムのお茶会から戻って一ヶ月、侯爵様の言葉どおりに昨夜届けられた真新しいドレス。
相変わらずサイズは腰の辺りが緩いから、あとで直しておかないと……
思いながら、身支度に不備がないのを確認してわたしは部屋を出た。
「グリゼルタさん、どちらへ? 」
エントランスへ降りると直ぐに家令さんの声に呼び止められた。
屋敷の中の仕事一手に引き受けているらしいのに、どこにこんな暇があるんだろう。
「お墓参りよ」
わたしは首を竦めながら着ていた喪服の裾を軽く持ち家令さんの視線を誘った。
「今日はお父さまの月命日だもの。
何か不都合でも? 」
「いいえ…… 」
あくまでもわたしに外出されては面倒だと言わんばかりの表情を隠そうともしない。
「大丈夫よ、心配しなくても直ぐに戻るわ」
気がつかない振りをして家令さんの前を通り抜ける。
「行ってらっしゃいませ」
それでも引き止めるようなことはされなかった。
こういう時、人妻って肩書き便利よね。
これがお嬢さんだと必ず家庭教師とか従者が付いてくるんだけど。
一人で大手を振って往来を歩ける。
屋敷を出て大通りへはいると中央広場のマーケットへと向かう。
市場の片隅に店を広げた花屋さんを目指して。
オスティさんなら、お墓参りに行くって行ったら絶対庭かオランジェリーから一番いいお花を切って持たせてくれるんだけど、あの家令さん、気が廻らないのかそこまでする必要はないと思っているのか、かけらもお花とは言わなかった。
別に構わないけど。
なんかやっぱり扱いの雑さを匂わせる。
一月前ミリアムのところで妙な噂を聞いてから、身の回りで起こる事みんな暗いほうに考えてしまう。
良くないことはわかっているんだけどね。
やっぱり運動不足なのかな?
マーケットに辿り付く道のりの半分も行かないうちに息が切れた。
お花屋さんの店先に並ぶ色とりどりの花から、お父さまの一番好きだった花を買う。
それを抱えて墓地へ急いだ。
毎日誰かが来てくれているんだろう、墓石は白い花で溢れていた。
「お父さま、なかなか来られなくてごめんね」
お花を供えて墓石の前に膝をつくと手を組んで頭を下げる。
できるだけ頭の中を空っぽにした。
本当なら恨み言をたくさん言いたいところなんだけど、言ったらきっとお父さま心配するに決まっている。
だけど、嘘もつけない。
それでいながらここから離れがたくて、ただその場で祈る形だけを続けていた。
誰かが近付いてくる軽い足音にわたしはようやく頭を上げた。
「グリゼルタ! 」
少し離れたところからミリアムが駆け寄ってくる。
触れられる距離まで来ると一緒にミリアムはわたしを引き寄せ抱きしめる。
「ミリアム? 」
何か切羽詰ったようなミリアムの様子にわたしは首を傾げた。
「良かった、元気だったのね」
わたしの肩に頬を押し付け、その感触を確かめるようにしながらミリアムが呟く。
「ミリアム、どうかした? 」
「どうかしたじゃ、ないわよ」
ミリアムは背中に廻した腕を解くと、今度は両手で肩を掴みまじまじとわたしの顔を覗き込んできた。
「心配したんだからね。
いくらお茶に誘っても、『奥様は体調を崩して』って代筆の手紙ばかり届くし、思い余ってお見舞いに伺っても門前払いでしょう。
どうなっているんだか、わからなかったから…… 」
「ごめんなさい。
お誘いもお見舞いに来てくれたことも知らなくて」
理由なんかわかっている。
あの家令と侯爵様で握りつぶしているんだってこと。
「元気だったんなら、それでいいの。
とは言っても、体調が悪いのは本当だったみたいね。
酷い顔色だし、また少し痩せたでしょ? 」
「そう?
いつもと変らないと思うんだけど」
ミリアムに余計な心配かけさせたくなくてわざと言う。
正直言えば、ここのところ疲れやすくなっているのは事実。
だけど、寝込むほどじゃないし取り立ててどこが悪いところはない、と思う。
「いいわ。
やっと会えたんだし。
あのね、ちょっと耳に入れておきたいことがあるんだけど、時間いい? 」
ミリアムは周囲を見渡すと、わたしを墓地に付随した祈祷所へ引っ張りこんだ。
「お屋敷が駄目でも、今日ここに来れば会えると思ったのよね」
肩の荷が下りたようにミリアムは改めてわたしの顔を目に息を吐いた。
「それで、なぁに? 耳に入れておきたいことって? 」
首を傾げながら訊いた。
ミリアムがここまでしてわたしに会いに来てくれたってことは何か大事なことだと思う。
「とにかく変なのよ」
ミリアムの声が礼拝堂の高い天井に響く。
「だけど、自分のことなのにグリゼルタ気がついていないみたいだから。
絶対耳に入れておいたほうがいいと思って。
妙すぎて、わたしには理解不能だからわかったことだけ、ね」
それに気がついたようにミリアムは慌てて声を潜めた。
「ほら、この間マリーニ侯爵様のエスコートしていた女性、あなたじゃないって言ったでしょ?
でも、侯爵様は奥様をどの夜会にお連れしても片時もお側から離さないって噂だったから、変だなって思って少し調べてみたのよ。
もしかしたら愛人って可能性もあるでしょう?
あ、ごめんなさい。
……認めたくはないけど、ご夫婦によってはお互い全く好意はないのにお家の都合で結婚なさる方もいらっしゃるから。
グリゼルタだってその口だったのはわかってるし。
侯爵様がご自分に懐かない新妻に業を煮やして、結婚前からお付き合いのあった愛人さんを公然と伴っていても無理はないかなぁ……
位に思っていたの。
そしたらね。
侯爵様、その女性を自分の妻、『ティツアーノ前子爵のご令嬢グリゼルタ』だって国王様にまで紹介していたの! 」
ミリアムは声を押えたまま一気に喋る。
「どういうこと? 」
「普通伯爵家以上の爵位のお家はね、お式が済んだら一月以内には国王様にご挨拶に行くものなのよ。
そこで国王陛下からの許可が出て、初めて家同士の婚姻が認められて花嫁の戸籍が婚家へ移るわけ」
「それは知ってるけど、ご挨拶にはまだ行ってないわ。
何かの都合でおくれているだけ、とか? 思っていたんだけど。
ほら、わたしの場合結婚式の直ぐあとお父さまが亡くなったから、その関係でお祝い事は先延ばしにできるとか」
呆然と言う。
「ありえない筈よ。そんな常識外れのこと国王さま相手にできると思う?
戸籍も絡んでいるんだもの、どんな事情があったにしても速やかに処理されなくちゃおかしいのよ。
侯爵様、国王様だけじゃなくて夜会でご一緒になる方には必ずその女性が『グリゼルタ』だって紹介していたらしいの。
それとね。
侯爵様、結婚以来ある特定のお家の夜会には絶対に出席なさらくなったんですって。
わたしの家や実家だけじゃなくて、ジュスト伯爵様のお宅とかあなたと親交の深かったお家みたいなんだけど。
なんか完全に奥様を見られるのがお嫌みたいにそう言った方々と夜会でご一緒になると、直ぐにお帰りになってしまうんですって。
まるで奥様を昔の知人と引き離そうとしているようだって。侯爵様はどこまで嫉妬深いんだって笑い種になっていたんだけど。
知人から逃げる筈よね。
新妻の顔が全く別物になっていたんじゃ……
結婚前のグリゼルタの顔を知っている人の前には出られないわよね」
ミリアムは呆れたように大げさに息を吐く。
「あ、もちろん。
その女性が愛人だって決まったわけじゃないのよ」
ミリアムは慌てて付け足した。
「妙な話でしょ?
他人に奥さんの振りさせるなんて。
マリーニ侯爵様が何を考えているのかさっぱりわからないけど。
とにかくそう言うわけだから。
だからどうって訳じゃないんだけど、嫌な予感がするのよね。
気をつけて、グリゼルタ」
「ありがと。
ごめんなさい、言い難いことなのに」
「何言ってるのよ。
単なる好奇心のついでよ。
侯爵様の奇行どういう訳か、わかったら教えてね。
こっちも、また何かわかったら、報告するわ」
ミリアムは柔らかく微笑むと立ち上がり、忙しそうに祈祷所のドアを押し開いた。
子供の世話とか忙しいはずなのに、わざわざ時間を作ってくれたんだと思うと申し訳ない。




