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それにしても……
馬車の中で一人になるとさっきのミリアムの言葉が嫌でも蘇る。
噂の中の侯爵夫人は幸せそのものだ。
まるでお父さまが望んだわたしの姿そのもの。
実際のわたしはといえば、まるで宝石箱の中にコレクションされ身につけられることもなく、持ち主にさえ忘れ去られた宝石のよう……
見方によっては大事にされているんだろうけど、物でない人間としてのわたしにしてみたら「……なんだかなぁ」って感じ。
「着きましたよ」
ため息をつきながら考えていると馬車が止り、御者がドアを開けてくれる。
「ありがとう。ご苦労様でした」
お礼を言って馬車を降りる。
「あんたも大変だな。
身重の奥様の代わりにあいさつ回りとか」
耳もとで御者がねぎらうように言ってくれる。
ちょっと、待った!
妙な言葉になんて返していいのか戸惑っていると、エントランスのドアが開き家令さんが出迎えに出てきてくれた。
「おかえりなさいませ」
足早に馬車の近付き頭を下げる。
「じゃ、俺はこれで。別宅に帰らせてもらいますよ」
御者は家令さんの顔に逃げるように御者台に戻る。
「どうか、しましたか? 御者が何か? 」
先ほどの言葉に固まったままになったわたしの様子に何かを感じたのか、家令さんが訊いてくる。
「ううん、なんでもない」
わたしは慌てて首を横に振る。
「少し疲れたから、休みます」
なんか、考えなくちゃいけないことができたような気がする。
今日のミリアムの話、単なる噂話じゃないかもしれない?
とにかく一人になってゆっくり考えたい。
「構いませんが、旦那様がおいでになっています。
お休みになるのはそのあとでお願いします」
部屋へ向かいだしたわたしに付き添いながら家令さんが言う。
「わかりました、着替えたら直ぐに…… 」
言いながらドアを開けると狭い部屋に待ちくたびれたような人影が立っていた。
「えっと。
ただいま戻りました」
ひと目で侯爵様とわかるその背中にわたしは頭を下げた。
いくら屋敷の中全体が改装中だからって、なにもわたしの部屋で待っていることはないと思うんだけど。
「お帰り。
お茶会は楽しかったか? 」
振り返った侯爵様はあくまでも穏かな口調で笑いかけてくれるんだけど、その目が笑っていない。
「ええ、楽しかったわ」
妙に冷たい光をたたえたその瞳に悪寒を感じながら、わたしもまた白々しい笑顔を浮べた。
……なんか、新婚早々の夫婦と言うよりも倦怠期迎えて離婚寸前の夫婦みたいな空気感。
それでも侯爵様はわたしに歩み寄ると、手を伸ばしこめかみ付近から長く垂らしてカールさせたわたしの髪に触れる。
どういう風の吹き回しなんだろう。
こんなこと今まで一度もない。
と、思った途端に降ろしておいた髪をかきあげられる。
剥き出しになった耳朶に部屋の冷えた空気が触れる。
「ピアス、は…… 」
いかにも感情を押えたように侯爵様が訊いてくる。
「ごめんなさい。
今日のドレスに合わないから外して行ったの。
なくしてはいないわ」
わたしは侯爵様の手を交わしてチェストに歩み寄る。
一番上の引出しからピアスを取り出し、その場で付け替える。
これで、いい?
そういわんばかりに紅い石のピアスをつけた耳朶を見せる。
「ああ。そうか…… ドレスか。
これだから、女は……
気が廻らなくて悪かったな。
次からは遠慮なく家令に言いつけなさい。
そのピアスに合うドレスを用意させよう」
それだけ言うと侯爵様はわたしに背を向け部屋を出てゆく。
「ありがとう、次からそうします」
慌てて言ったわたしの言葉も聞えてはいないようだった。
一体侯爵様は何をしに来たんだろう。
のろのろと着替えながら考える。
ただ単に可愛い新妻の顔を見に来たといえばそれまでなんだろうけど、なんだかそんな雰囲気じゃなかった。
そもそも、可愛くないからこんなところに一人で放っておかれているんだよね、わたし。
だるい躯を引きずりながらベッドに潜り込む。
何だろう。
ミリアムのお家にいた時はそんなに感じなかったのに、ここに戻ると同時にどっと出てきたような。
今日したミリアムとの会話がぐるぐる頭の中を駆け巡る。
だけど、あまりにだるくて、動くことどころか何かを考えることもできなくなって、わたしの思考は途切れた。
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