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4-11

 

 何だろう? ミリアムの話とわたしの状況が全くかみ合わない。

 

「先日だって、マリーニ侯爵様と劇場でご一緒だったじゃない。

 あれは確かにあなただったわよ。

 開演時間が迫っていたから見かけただけでわたしも声はかけなかったけど」


「ミリアム、それ絶対誰かと勘違いしてる」


 わたしははっきりと言い切る。

 夜会にさえ連れて行ってくれない侯爵様がよりによってオペラとか絶対ありえない。


「でも、だったら、あれ誰だったのかしら? 

 確かにマリーニ侯爵様にエスコートしてもらっていたのよ、その女性」


 熱いお茶をカップに注いでくれながらミリアムが首を傾げた。

 ミリアムにしたらどうしても解せないことみたい。


「だけど、その女性、髪の色グリゼルタそっくりだったの。

 ドレスだけなら偶然ってことありうるかも知れないけど、髪の色まで一緒って言うの他人の空似なんかじゃありえないでしょ? 

 それに新婚早々の侯爵様がエスコートしていたから、絶対あなただって思い込んでしまって。

 ごめんなさいね」


 焼き菓子を勧めてくれながらミリアムは謝る。

 さすがに、ミリアム。わたしが真っ白に丁寧に焼き上げたメレンゲに花の砂糖漬けを添えた菓子がすきなのをちゃんと憶えてくれていた。


「でも、妙なこともあるものね」


 ミリアムが呟きながら首を傾げた。

 

 確かに、妙…… 

 さっきからミリアムの話とわたしの暮らしの実情じゃ全く別。

 それどころかもう一人わたしが居るみたいな妙な感じ。

 脳裏に浮かぶのはさっき思い出したあの馬車に乗っていた女性…… 

 


「そういえば、グリゼルタ。

 指輪見せてもらっていい? 」


「へ? 指輪? 」


 うっかり考え込んでしまったわたしの気を引くようにミリアムが話題を振ってくる。


「そう、マリッジリング。

 聞いたいた話だと、バルモサの宝石商で作らせたんでしょ? 

 あのお店大きな宝石使った宝飾品が専門でマリッジリングみたいなシンプルなもの絶対に引き受けないので有名じゃない? 

 だからどんなのかなって、ご婦人の間で話題になっているのよ」


「そう、なの? 

 あれが? 」


「またそれ? 自分がしている指輪の詳細も知らないなんて、グリゼルタ、いくら何でも少し廻りのことに興味なさ過ぎなんじゃない? 」


 呆れたようにミリアムが息を吐く。


「そんなこと言われても、仕方がないでしょ。

 ドレスも宝飾品も今までほとんど無用なものだったんだもの。

 そう言うお話できる友達も身近に居なかったし」


「それで、話題の指輪は? 」


 わたしの指に当然あるはずの指輪がないことにミリアムが首を傾げた。


「ん? なんかサイズが合わなくて今直しに出しているの。

 わたしの指、標準より細かったみたいで」


 わたしは見せるようにミリアムに手を差し出す。


「残念。見せてもらうの楽しみにしていたのよ」


「ごめんなさい。

 戻ってきたら必ずお披露目するから」


「楽しみにしているわ。絶対よ」


 ミリアムが笑みを浮べる。

 その傍らで突然赤ん坊がぐずりだした。


「ごめんなさい、ちょっと…… 」


 呼び鈴を鳴らすと乳母らしい女性が急いだ様子で入ってきて、赤ん坊を抱き上げた。

 ミリアムが赤ちゃんと一緒に居られる時間は限られている。

 普通なら夜会へ出席するのは、貴族の妻の義務のようなものだから。

 例え生まれたばかりの赤ん坊でも乳母に預けて出かけなくちゃならない。

 これ以上お邪魔してミリアムと赤ちゃんとの時間を取り上げるのは心苦しい。


「そろそろお暇するわ」


 その様子を目にわたしは腰を上げる。

 耳もとでピアスの宝石が揺れた。


「そのピアス、まだ持っていてくれたのね」


 ミリアムは嬉しそうに目を細めた。


「当然よ。

 ミリアムがこのドレスに似合う宝石わざわざ選んでくれたんだもの」


 小さなアクアマリンは、青い宝石を持ち合わせていなかったわたしにとミリアムが以前バースデープレゼントに贈ってくれた大切な物。


「どうして? 」


「だっていくら普段使いでも、石が小さくて侯爵夫人には不釣合いでしょ?

 それに新しいアクセサリーたくさん作ってもらっているらしいから」


「どこから、そんな話出てきたの? 」


 大方どこかの夜会ででも耳にしたんだろうけど、社交の場での話題は恐ろしい。

 話の主が摩り替わったり、誰かの推測が本当のことみたいになって広がって行く。


「あら、だって侯爵家では最近仕立て屋さんや宝石商が毎日のように通っているって有名よ。

 それどころかお屋敷も大々的に手を入れているって。

 さっきの舞踏会で奥様のダンスのお相手を誰にも許さないって話もあいまって、どれだけ奥様お好きなのかしらって。

 皆さん大騒ぎなんだから。

 侯爵様の花嫁はお幸せねって」


「それ、絶対誰かと間違っているから。

 確かにお屋敷は改装中だけど」


 わたしは慌てて否定する。


 そもそも仕立て屋さんも宝石商もわたしのところに来たためしはない。

 おかげでウエディングドレスの時からドレスも指輪もサイズが合わない。

 ほとんど邸の一室で手紙を書いているだけだから、今のところ持ってきたもので着るものには事欠かないし、いざとなるとこの間の従兄の夜会のように必要なものは届くから、深くは考えなかった。


「そう? 

 そうよね、でなければグリゼルタがお家から持ってきたドレスをまだ着ていたらマリーニ侯爵様いい顔するわけないわよね。

 じゃ、誰かの噂に尾鰭が着いたのかな? 

 今度否定しておくわね」


 ミリアムが首を傾げる。


「お願いしていい? 」


 実害はないにしても、変な噂の種になるのはあんまりいい気分じゃない。


「任せておいて。

 ……ね、指輪直しに出したのって何時の話? 」


 何かが引っかかったように、不意にミリアムが訊いてくる。


「何時って結婚式の当日。

 式の時にうっかり指から抜けちゃって、お客様をぎょっとさせたのよね。

 それで、その日の内に直しに出すからって侯爵様がもっていってしまったの」


「言いたくはないけど、妙よ、それ? 」


 真顔になりながらミリアムは自分の薬指に嵌まっていた指輪を引き抜く。


「グリゼルタ、ちょっと手を出して? 」


「いいけど、何? 」


 その真剣な表情に少し気圧されながらわたしは言われるままに手を差し出した。


 少し乱暴にミリアムはわたしの手を掴み引き寄せると先ほど自分の指から外した指輪にわたしの指を差し入れさせる。


「ちょっと、ミリアム? 

 これ旦那様とのマリッジリングでしょ? 

 駄目だよ、こんなことしたら! 」


 わたしは慌てて差し出した手を引っ込めようとした。

 いくら遊びでも神聖な契約の証、例え一時でも他人の指になんかはめちゃいけないと思う。


「いいから! 黙って! 」


 握った手に力を込めてミリアムは強引にわたしの指に指輪を押し込んだ。


「どう? 」


「どうって? 」


「サイズよ。緩くない? 」


「ううん、丁度いい。

 このサイズだったらお式の時に外れるなんてことなかったのにな」


 指に吸い付くように収まった感覚を確認しながらわたしは呟いて、リングをミリアムに返した。


「これ、標準サイズよ」


 ため息混じりにミリアムは言う。


「でも標準サイズで作らせたって侯爵様が言ってたんだけどな」


「ね? 変でしょう? 

 贈る相手のサイズがわからなかったら、普通は標準サイズで作るはずなのよ。

 それなのに緩かったってことは指輪が大きかったってことでしょう? 

 グリゼルタの指が人より細かったっていうんならわからなくもないんだけど。

 試したとおりこのサイズが標準だもの。

 わざわざ標準より大きなサイズを作るって、相手が余程体格の良い方でない限り却って失礼になると思わない? 」


 何かに気がついたようにミリアムの顔が僅かに青ざめている。


「ううん、そんなことないわよね」


 何か思い浮かんだことを振り払うようにミリアムは頭を左右に軽く振る。


「ごめんなさい、勝手な妄想しちゃった。

 じゃ、またいらしてね。

 顔色が良くないけど、きちんと食べて、きちんと寝てね。

 悪阻で食欲がないからっていい加減なことしちゃ駄目よ」


「ありが…… 

 悪阻なんかないから」


 正直もう訊かなくてもわかってる。

 きっと夜会でそんな噂も流れたんだよね。

 侯爵様が新妻溺愛しているらしいから派生して、この分だとおめでたも近いなんていう想像から、子供が出来たってことになって。


 噂話恐るべし。


「やだ、それも違うの? 

 でも、グリゼルタこの間ランディーニ家の夜会で倒れたでしょ?

 その時にマリーニ侯爵様が自分で仰ったって。

 あの時の話は噂じゃなくて目撃者が多いのよ。

 なんたって意識のないグリゼルタ馬車まで抱いていってくれたのってエジェオ様だったから、もうご婦人達大騒ぎ」


「エジェが? 」


「そう、奥様を誰とも躍らせないマリーニ侯爵様が、以前の婚約者が奥様を馬車まで運ぶのに黙っていたって。

 その元婚約者がエジェオ様っていうのもあったからしばらくどこの夜会にいってもこの話で持ちきりだったんだから」


 ため息混じりにミリアムが言った。


「今じゃ、エジェ、どこに行っても有名人ね」


 それが誇らしくもあるけど、淋しくもある。


「でも、顔色が悪いのは本当よ。

 倒れたって言うのも事実でしょ? 

 気をつけてね」


「うん、ありがとう。

 今日はご馳走様でした。

 楽しかった」


 サロンを出てエントランスまで行くと、まるで待っていたように侯爵家からの迎えの馬車が横付けされる。


 軽い眩暈にふらつきながらわたしは馬車に乗り込んだ。


「ちょっと、グリゼルタ、本当に大丈夫? 」


 ミリアムが慌てて駆け寄ってくる。


「平気。

 ちょっと躓いただけだから、気にしないで」


 ミリアムに心配をかけさせたくなくてわたしは笑顔を浮べた。

 


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