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サロンに置かれたベビーベッドの中ですやすやと眠っている赤ん坊の顔をわたしはまじまじと見詰めた。
深い茶色の髪はお父さんそっくり。
でも睫が長くてふっくらした顔はどっちかと言うと……
「お茶をどうぞ、グリゼルタ」
天使のような寝顔に見入っていると、ミリアムが窓際に用意されたテーブルから声を掛けてきた。
「おめでとう、ミリアム。
すごく、可愛い赤ちゃんね! 」
ベビーベッドの中をのぞきこんだわたしの口から思わず声がこぼれる。
「髪の色は旦那様似だけど、顔はミリアムのお父さま似よね」
「やっぱりそう思う?
女の子だったからわたしとしては旦那様似になって欲しかったんだけどね」
「そう? 」
「そりゃそうよ。
正直わたしの家系より旦那様の家系のほうが造作整っているもの。
旦那様に似たら将来引く手数多だったのに、我が子ながら将来が不安だわ」
「そんなことないわよ。
これだけ可愛い赤ちゃん、めったにいないもの。
大きくなったら美人さんになるんじゃない。
こんな可愛い赤ちゃんなら、わたしもすぐに欲しいかも」
「グリゼルタのところだってすぐでしょ」
ミリアムが笑みを浮べる。
「そう、かな? 」
侯爵様がわたしに触れたのって結婚式の次の日だけ。
それもあくまでも儀礼的に。
以後わたしには全く興味がないとでも言うように指さえ触れない。
子供じゃないんだもの、コウノトリが赤ちゃんを運んで来てくれるなんてことないことはわかっている。
それは別に構わない。
エジェ以外の男性に触れられるのなんて、もう絶対に嫌。
孫を急かすはずのお父さまも居ないし、むしろ有難いくらい。
だけど、侯爵様後継者はどうするつもりなのかな?
思わず首を傾げそうになった首をあわてて立て直しながらわたしは勧められた席に着く。
テーブルの上には二人分のお茶とお菓子。
「ね? もしかして今日のお呼ばれってわたしだけ? 」
「そうよ。
正式なお披露目はもう済ませたもの。
その時グリゼルタ来られなかったでしょ?
だからどうしても、この子の顔見てもらいたくて」
「ごめんなさい、なんか、色々忙しくて…… 」
心当たりは全くなかったけど、とりあえずそう言うことにしておくほうが無難だろう。
一度招待したのに来られなかったからって日を改めてまた招待してくれたミリアムの気持ちはとても嬉しい。
「そうよね、急に婚約者と違う相手と結婚したかと思ったら今度はお父さまがお亡くなりになって、そのあと旦那様の昇進っていったらもう身体なんか幾つあっても足りないくらいなんじゃない?
夜会で一緒になってもお話する暇もないんだもの」
ミリアムが穏かに笑みを浮べてくれる。
「こうでもしなくちゃ、ゆっくりお話できなさそうだから、無理を承知でご招待したのよ。
ごめんなさいね。
ホント言うとね、今日も来てもらえないんじゃないかって、心配していたの」
「どうして? 」
少し淋しそうな笑みを浮べたミリアムにわたしは訊く。
「だって、家やわたしの実家の夜会やお茶会、何回もご招待しているのにちっとも来てくれなくなったでしょう?
この間なんて、夜会でご一緒できたのに目があっただけであなた逃げたじゃない。
何か怒らせることか嫌われるようなことしたんじゃないかって、気になっていたの」
「夜会って、何の話? 」
お茶を入れてもらったカップを手に摂りながらわたしは首を傾げた。
「何言ってるの?
三日前のガレッティ侯爵様のよ」
「ごめんなさい、それ多分わたしじゃないと思うの。
あ、無視したことのいいわけとかじゃないのよ。
三日前の晩って言ったらわたし、邸でまだそれ編んでいたもの」
わたしはミリアムにさっき渡したお祝いのベビードレス一式を示した。
「そうぉ?
別人だったのかしら?
だったらわたしのこと知らん顔されても不思議じゃないんだけど。
本当に良く似ていたのよ? 」
首を傾げながら呟くミリアムの言葉に、わたしの脳裏には先日侯爵様の馬車に乗っていたあの女性の横顔が浮かんだ。
「わたしがグリゼルタを見間違えると思う?
そのお日様みたいな金の髪色、目立つもの。
それにドレスだって…… 」
「ドレス? 」
「そう。ほらずっと前に伯爵家のエジェオ様との婚約発表の時に着ていたあの青いドレス。
見間違えるわけないじゃない。
あんな綺麗な色のドレス着こなせるのグリゼルタだけだし、一点ものでデザインが独特だから人目を引くでしょ」
「そうなの?
頂き物だったから知らなかったわ。
ドレスって流行でみんな似通うものじゃなかったの? 」
自分の事ながらあっけに取られて目をしばたかせる。
「暢気ね、グリゼルタ。
ドレスってね、シルエットとか色とかなんとなく流行があって、それをタイユールに提示してもらって自分の好みにアレンジして作るものなのよ。
だから細かいところみんな違っていても大雑把には似通ったものが多いんだけど。
グリゼルタの着ていたものってみんなオリジナルなのよ。
それでいて流行おくれじゃなくて不恰好でもなくて。
女の子達いつもチェックしてたのに気がつかなかった? 」
「うん」
わたしは頷く。
「じゃ、誰かがあのドレス真似して作らせたのかしら?
グリゼルタ何回かあのドレス着て夜会出ていたものね。
似合う似合わないは別にしてあの色すごく綺麗だったもの、誰かが同じ色使ってもおかしくはないわよね」
ミリアムは首を傾げる。
「そうじゃないのかな?
エジェから贈られたドレス、いくらなんでもわたしが侯爵様にエスコートされるときに着られるわけないじゃない」
わたしは視線を落として呟いた。
多分、もう二度とわたしがあのドレスに袖を通すことはない。
胸がぎゅっと絞られる。
「っ、と。
ごめんなさい。
だったらきっとわたしの見間違えよね」
ミリアムが慌てて言う。
「そういえば、この間の王宮の大舞踏会どうだった?
ご招待されていたんでしょう?
集まった方とか豪華だったんでしょう? 」
沈んでしまったわたしの気持ちを浮き立たせようと言うかのようにミリアムが話題を変えた。
「いいわよね。王宮で一年に一度しかない大きな催しだもの、女の子なら皆一度は行ってみたいって思うじゃない。
わたしも楽しみにしていたのに丁度臨月だったのよね。
あと、ごく少数しかお誘いされないロア侯爵夫人のサロンにもご招待されたって聞いたわ。
さすがマリーニ侯爵家よね。
有名どころの夜会やお茶会毎日じゃないの。時には掛け持ちしているんでしょ?
大変よね。
そういえば少し痩せた? 」
ミリアムは首を傾げてわたしの顔を覗き込む。
「ミリアムなんか勘違いしてない? 」
わたしは睫を瞬かせる。
王宮なんて生まれてこの方一度だって足を踏み入れた事がない。
ましてや舞踏会なんて初耳。
「そもそも侯爵様社交嫌いなのかお忙しいのか夜会どころじゃないみたいなのよね。
王宮の大舞踏会どころか、どこの夜会にもいってないわよ」
少なくとも先日みたあの招待状の束と夜会への出席回数考えると他には考えられない。
「なに言ってるのよ、グリゼルタ。
マリーニ侯爵様って言えば皆勤賞もらえるほどあちこちの夜会に顔出すって昔から有名な話じゃない」
ミリアムが笑い出した。
「ただ、結婚してからは夜会へ顔を出す回数は減ってるし出席しても奥様の側にずっと寄り添って、ダンスのお相手を誰にもさせないって、少し話題にはなっているけど……
よっぽど奥さん大事なんだなって。
グリゼルタがエジェオ様との婚約を破棄して侯爵様と結婚したって聞いた時は驚いたけど、大切にしてもらって幸せそうで良かったなって思ったのよ」
「嘘…… 」
その言葉の返事に詰まる。
だってわたし侯爵様にエスコートしてもらったのって従兄のランディーニ家でお父さまの追悼のための夜会、あとにも先にもそれ一回だけで。
それどころか、うっかりするとお屋敷からどころか部屋からも出してもらえない。




