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外出用のドレスに着替え帽子を手にすると、そっと邸を出た。
見上げると青く澄み渡った空が気持ちいい。
こんな空、窓越しじゃなく見るのお父さまの葬儀以来だ。
外の空気も久しぶり。
山のようにあった書かなきゃならないお礼状もなくなったし、少し外に出てもいいよね。
……要は邸の使用人に姿が見られなければいいわけだし。
そもそも体力しかとりえのないわたしが夜会の途中でへたばるなんて、絶対運動不足のせいだと思う。
また侯爵様にご迷惑かけないように少しは体力取り戻しておかないと!
とは、思ったんだけど。
やっぱり相当体力落ちているみたい。
侯爵邸の敷地を出て大通りにでて早々に息が切れた。
視界もなんだか霞みだして、胸が絞られたように痛み始めた。
不味い。
こんな往来の真中で倒れたら、騒ぎになってしまう。
わたしが部屋から出ることにいつもいい顔しないから家令さんにも何にも言ってきてないし。
ってか、そもそも内緒でお出かけしてそこらへん一回りしたらこっそり戻るつもりだったのよね。
とりあえず、まだ歩ける内に戻るほうがいいかもしれない。
音を上げだした身体をこれ以上刺激しないようにゆっくりと邸へ戻る。
そのわたしの横を何台もの馬車が通り過ぎて行く。
さすが高級住宅街のなか、荷馬車よりも圧倒的に貴族の物と思われる馬車が多い。
見事な塗りの車体には、各々持ち主の家の紋章が飾られている豪華なものばかりだ。
ここ数日雨が降らなかったせいか、そのたびに砂埃が舞い上がりわたしの喉を刺激した。
足を止めて軽く咳き込むと、またしても埃を立てながら馬車が過ぎて行く。
ドアに刻まれた紋章にわたしの目が止った。
確かこれ、侯爵さまの家の紋だ。
お嫁に着てからまだそんなに経っていないけど、鳩と菫の花束って言う特徴的な紋だから見間違うはずない。
行き先は多分王宮かな?
相変わらず忙しそう。
妙に神経質なこと言って郊外の別邸住まいなんかしないで、少し我慢してお屋敷に居るほうが王宮に出仕するのに近いのに。
なんて思いながら視線を上げると、馬車の窓から乗っている人物の顔が見えた。
「え? 」
思わず声が漏れる。
侯爵様と向かい合わせに座っていたご婦人の髪にわたしの目が釘付けになった。
わたしによく似た金色の巻き毛の、若い婦人?
一瞬だったけど、確かにそう見えた。
どういうこと?
侯爵様、誰と一緒だったんだろう。
そりゃ、お仕事の都合で、色々な方とお付き合いはあるんだろうけど。
その婦人のわたしと同じ金色の巻き毛が妙に思考に引っかかった。
息があがる。
相変わらず呼吸は乱れたままだし、無理に歩こうとすると脂汗が額に滲んだ。
考えることはあるんだけど、とりあえずお屋敷に戻って落ち着いてからにしたほうがよさそう。
重い身体を引きずるようにして、わたしは来た道を引き返した。
玄関に辿り付いた時には視界がかなり暗くなっていた。
ふらつく身体を玄関先の柱に手をつき支える。
このままここにへたり込んでしまいたいところだけど……
騒ぎになるからやっぱりお部屋までは意地で行くべきだよね。
暫くそのままの体制で呼吸が整うの待っていると、大きなカバンを抱えた郵便配達の少年がかけてきた。
「姉ちゃん、この家の人? 」
ぶしつけに訊いてくる。
「ええ、まぁ」
途切れかけた息の下からようやく絞り出す。
「良かった。
じゃ、これ今日の配達分。
いつもの家令のおっちゃんに渡しといて」
言うや否やわたしの手に手紙の束を押し付けて走り去っていった。
「ご苦労様、気をつけてね! 」
声を張り上げねぎらって、わたしは手紙の束を手にしたまま邸のドアを押し開いた。
さすが侯爵家だけあって、手紙の量も多いみたい。
その中には明らかに夜会の招待状だと思えるものも数通混じっていた。
こんなに招待状が来ているのに、そういえば一度も夜会に連れ出してもらったことないな。
そんなことを思いながら手紙の束に何気なく目を通すと、淡いピンクの封筒が紛れ込んでいるのが目に入った。
他の封筒に比べて華やかなその色に興味を引かれて書かれた宛名を読むとわたし宛になっている。
差出人は……
ミリアムだ。
「グリゼルタさん、どちらへ? 」
手紙の宛名に夢中になり足を止めていると、手紙が届く頃合を見計らってエントランスに出てきたと思われる家令さんとばったり出くわしてしまった。
ばれる前にお部屋に戻るつもりだったんだけどな。
見つかってしまったものは仕方がない。
「ちょっと…… 」
曖昧に答えてその場を凌ぐ。
「何回も申しておりますが、なるべくお部屋から出ないで下さい。
何かがあれば旦那様に叱られるのは私です。
ご入用のものがありましたら言いつけていただければこちらでご用意しますから」
うんざりしたように言われるけど、うんざりしているのはこっちのほう。
もう、お部屋に一人篭っているのは飽き飽きだ。
「すぐ戻ります」
反感を抱えながらも答えて、ミリアムからの一通を残した手紙の束を家令さんに手渡す。
「これ、今受け取ったの」
「すみませんが、それもお渡しいただけますか? 」
わたしの手の中に残った一通を目ざとく見つけて家令さんは言う。
「どうして?
わたし宛の手紙なんだもの、別に構わないでしょう? 」
「一応全ての郵便物は旦那様の目を通してからそれぞれに配分する決まりになっておりますので」
「それって、中身まで確認するってこと?
冗談じゃないわ。
プライバシーの侵害じゃない」
わたしは手紙を渡さずに足早に部屋に戻った。
侯爵様にしてみれば、あんな数の招待状いちいち全部応じていたら毎日寝る暇もなくなりかねないから、出席先を吟味しているってのはわかる。
それも今まで一回もエスコートしてもらっていないことを考えると極度の社交嫌い?
だから、もしわたしの目に入って、強請られたりしたら都合が悪いと思ったんだろうけど。
「さすがに、やりすぎ、よね」
王宮の舞踏会とかならともかく、内輪のパーティーとかお茶会なら旦那様同伴じゃなくても構わないところもあるはずなのに。
使用人にもできる手紙の執筆だけさせといて、肝心の社交の場に連れ出そうとしないなんて。
これじゃ何のために大金つぎ込んで奥さん貰ったんだか。
詳しい金額は知らないけど、お兄様に支払った額で使用人なら何人も雇えたはず。
呆れながら持ってきた手紙の封を切る。
変らないミリアムの文字でしたためられていたのは、赤ちゃん誕生の報告と、そのお披露目のお茶会へのお誘いだった。
「このくらいなら、行ってもいいわよね」
内輪のお茶会ならエスコートナシでも大丈夫。
もっとも、ミリアムのことだからエジェの時みたいな前例もあるけど。
そこまでしてミリアムがご招待してくれるんだから。
そうと決めたら、返事を書いて。
お祝いのプレゼントの用意。
何がいいかな?
おくるみは生まれる前におくってしまったし、やっぱりベビードレスかな? それともケープと靴下?
確か、おくるみを編んだ残りの糸を持ってきていたはず……
弾む思いで立ち上がると、チェストを覗き込む。
ベビー用品ならテオが産まれた時に何枚も編まされたから、そんなに苦労しなくて済む。
今回ばかりはお義姉さまに感謝かな?
やっぱりお祝い事の手仕事は楽しい。
受け取ってくれるミリアムの笑顔を思い浮かべただけで嬉しくなる。
夢中になって針を動かしているうちに、あっという間に日が過ぎていった。




