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4-8

「あ、はい! 」


 応えて慌てて姿勢を直す。


「グリゼルタさん、旦那様からの申し付けです。

 今夜、ティツィアーノ子爵縁のランディーニ家で行われる先代子爵様追悼の夜会にご一緒していただきたいと」


 ドアを開けながら家令さんが言う。


 血縁に不幸があった場合、悲しみに沈んで動きの取れない家族に代わりその親族が葬儀の時にお世話になった人へのお礼と家族への慰めに夜会を行う風習があることをすっかり忘れていた。


「今夜? 」

 とは言っても急な話。

 事前にこっちの都合を尋ねてくるのが普通なのにそんな話一言もなかった。

 わたしは首を傾げた。


「はい、急で申し訳ありません。

 招待状は以前に届いていたようなのですが、旦那様が多忙でお知らせするのが遅くなりましたようです。

 お召し物はこちらを…… 」


 言いながら家令さんは運んできた鳩羽色のドレスをベッドに置いた。


 まだお昼を少しすぎた時間だから今から髪を結って化粧を施し着替える時間は充分ある。


「侯爵様は、お迎えに来て下さるの? 」


 何故か用意ができたら一人でランディーニ家に行けといわれるような気がした。


「はい、ですからそれまでにご用意をお願いします。

 旦那様はお時間に遅れることを大変嫌がりますので」


 着替えの邪魔になってはと口の中でぶつぶつ言いながら家令さんは去ってゆく。


 一人取り残され、置かれたドレスを手にわたしはため息をついた。


 デイドレスならともかく、この手のドレス一人でどうやって着つけたらいいものか。

 髪だって一緒。

 まさかいつものように頭頂部でまとめて適当にピンを刺すって訳には行かないわよね。

 とりあえずブラシを手にチェストの前に座る。

 言い訳のように置かれた鏡に映る自分を見ながら髪を止めたピンを抜きブラシを通す。

 前髪とこめかみの長い髪を少しだけ残して…… 

 こんな時には自分の巻き毛があり難い。

 ブラシを通して整えればこてを使わなくてもくるんとカールしてくれる。

 後は派手を承知で少し大きめのリボンでも乗せれば、何とか見られる形になる。


 確か以前エジェが作ってくれたシルバーグレーのドレスに合わせて作ったグレーの花飾りを持ってきていたはず。

 チェストの引出しを引っ張り出し、髪飾りを探す。


 ついでに目に付いたジェットの耳飾を取り出した。


 口紅を差しピアスを付け替えて鏡から離れる。


 侍女にお任せしたときほど完璧じゃないけど、仕方ないわよね。

 家令さんは侍女を差し向けるとは言ってくれないし、来る気配もない。

 使用人に主の姿を見られちゃ駄目って言い張ってるから、お願いしても断られるのは目に見えている。


 デイドレスを脱ぎ、持ってきてもらったドレスに袖を通したところでわたしの動きが止った。


 やっぱり、ウエディングドレスの時と同じで妙にウエストが余る。


 小さすぎて入らないのも問題だけど、これだけ余るのもまるで借り物みたいで不恰好。


 幸い一人でする身支度のため早めに取り掛かったから時間はまだある、と思う。

 書き物机の端から針箱を持ってきて、とりあえずベッドに広げたドレスの上にかがみこんだ。

 さすがに侍女にやってもらうようにきたままってのは無理。

 お直しはお義姉さまのお下がりを着られるようにするので慣れているし。

 針を動かすのは楽しくて思わず口から鼻歌がこぼれる。

 でもいい加減な話もあったもの。

 このドレスもウエディングドレスも詰め幅が一緒。

 ということは同じサイズで作られているってことで、だから採寸に行くって言ったのに。

 っていうか、エジェが贈ってくれたドレスを作ったお店だとすればわたしのサイズの控えはあるはず。

 どうやってエジェがわたしのサイズを知っていたのかは謎だけど、少なくとも贈ってもらったドレスはどれもわたしの身体にぴったりだった。

 


「支度はできているか? 」


 首をかしげていると突然、侯爵様の声と一緒にドアが開いた。


「え? あの…… ひっやぁ! 」


 下着姿のままベッドに座り込んでいたわたしは突拍子もない声をあげ、慌てて針のついたままのドレスを引き上げ身体を隠した。


「いや、済まない」


 侯爵様もまた、慌てた風にドアを閉め、その向こう側から謝罪してくれる。


「もう、身支度が済んでいるとばかり思ったのだが」


「ごめんなさい、お直しに時間が掛かって…… 

 なんか、少し痩せたみたいなの」


 せっかく作ってくれたドレスのサイズが合っていないなんて、いえなくて適当にいい繕う。


「もう終わったので、すぐ着替えます! 」


 糸を切って針を戻して慌ててドレスを着込んだ。

 


「お待たせしました」


 一応鏡に向かって前髪の乱れを整えてドアを開く。


「お時間、大丈夫です、か? 」


 きっと不機嫌な侯爵様に向かって恐る恐る訊いてみる。


「ああ、まだかろうじて…… 

 だが少し急いだほうがいいかも知れないな」


 予想に反して侯爵様は上機嫌だった。

 口の端には笑みまで浮べている。

 


「ピアスは、どうした? 」


 ランディーニ家へ向かう馬車に乗り込むと、わたしの耳朶に目を向け、早々に侯爵様は言う。

 さっきよさげだった機嫌はまた元に戻ってしまっていた。


「いつもつけておくように言ったはずだが? 」


「ごめんなさい。

 でもお祝いの席じゃないのに赤い石の耳飾なんて非常識したら、侯爵様にも恥をかかせてしまうから。

 夜会が終わったらまた変えておきます」


「そう言うことなら、仕方がないな」


 ポツリと言って押し黙る。


 先日もその前もそうだったけど、正直この時間が一番苦手、かも。

 顔を合わせないんだからそもそも共通の話題なんてないけど、侯爵様からはわたしと解りあおうなんて気概がかけらも感じ取れない。

 気難しそうな表情は、完全にわたしからの接触を拒否しているように思え、声も掛けられない。

 唯一の救いは、この王都自体があんまり大きくなくランディーニ家は歩いてもいけるほど近い距離に経っているってこと。



 程なく馬車はランディーニ家のエントランスに滑り込む。

 

「いらっしゃいグリゼルタ」


 お父さまの唯一の甥っ子で、従兄のバルトロメオ・ランディーニが迎えてくれる。


「今日はお父さまの為にありがとう」


 ドレスの裾を上げ軽く膝を折る。


「お互い様だよ。

 母の時には伯父さんにお世話になったからね。

 それより、グリゼルタ少し痩せた? 

 可愛がってくれていた伯父さんをなくして気落ちしているのはわかるけど、しっかり食べて寝なくちゃ駄目だよ」


 バルトロメオは親切に訊いてくれる。 


「ありがと…… 」


 わたしは薄らと笑みを浮べる。


 ランディーニ家のホールには白い花が飾られ、お父さまが得意だったワルツの曲が流れ、お父さまが好きだった銘柄のワインやお菓子が用意されて振舞われていた。

 嫌でも、お父さまの元気だった頃を思い出してしまう。


 じゃなくて! そんなことしている暇はない。


 今日は葬儀のお礼に開いてもらった会。

 主催者はこの家の家主だけど、暢気に楽しんでいる訳には行かない。

 集まってもらった方々にお礼を言ってまわらないと…… 

 そのために呼ばれたようなものだから。


 現に先に来ていたお兄様夫婦は集まり始めたお客様に挨拶をはじめていた。


「侯爵様、お願いします」


 笑みを浮べて侯爵様の顔を見上げた。

 


 一通りの挨拶を終えた頃にはもう夜も更けていた。


 さすがに疲れたかな。

 軽い脱力感を憶えて、人気のないバルコニーに出た。


 テオの子守りをしていた時より随分体力が落ちた気がする。

 ま、毎日一日中座りっぱなしでろくに動いていなかったんだから無理はないけど。


 不意に視界が揺れた。

 足に力が入らなくて立っているのが辛くなる。

 呼吸が乱れ、それ以上立っていられなくてわたしはその場に崩れ落ちた。

 

 


 誰かに乱暴に耳朶を触れられる感触でわたしは意識を取り戻す。


 目を開くといつもの狭い部屋のいつものベッドの上だった。

 その視界に今までないほど近くまで迫った侯爵様の顔があった。


「気がついたか? 」


 目を開けたわたしに気がついたように訊いてくる。


「わたし? 」


「夜会の途中で倒れたんだ。

 無理に連れ出して悪かったな。

 着替えて今日はもうゆっくり休みなさい」


 言いながら侯爵様はベッドを離れ部屋を出てゆく。


 わたしは起き上がり着たままになっていたドレスを脱ぐ。


 耳飾の揺れる感触が片方の耳朶で感じられる。

 それに違和感を感じて、僅かに揺れる蝋燭の炎を頼りに鏡を覗き込む。

 片耳だけいつもの紅いピアスが戻っている。


 鏡の傍らにジェットの耳飾が片方だけ置かれていた。

 

 そういえば今日出掛けに、頂いたピアスをしていなかったら侯爵様は気を悪くしたようだった。


 倒れた人間の衣服を緩める前にピアスを戻すってどういうことなんだろう? 


 何故か侯爵様はこのピアスに異常にこだわるような気がする。

 

 考えながらベッドに戻った。


 身体中だるくて、これ以上立っているのは辛い。


 どうしてこんなことになったのかな? 

 少し前まで走り回るテオを追いかけても息一つ切れなかったのに。

 ベッドに潜り込みながら考えた。

 

 


※スピンオフ「ホストの俺が……」11話

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