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4-7

◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆

 

 

 死者の魂を贈る呪文の声が墓地の一角に響く。


 空は抜けるように青かった。


 まるでお父さまを真っ直ぐに迎えるかのように。


「さ、グリゼルタ。

 最後のお別れを…… 」


 神官様に促されてわたしは手にした花を棺に納める。


 棺の中から溢れるほどに手向けられた花に囲まれ、お父さまはまだ眠っているように見えた。

 わたしがお嫁に行く日に最後に見た寝顔そのままに。

 ここがお父さまの寝室だったら、また目を開けて笑いかけてくれるんじゃないかと思えてしまう。


「そろそろ、いいだろう」


 何時までも棺の中を覗いていると背後に立っていた侯爵さまに促された。


 埋葬には親族は立ち会えない。

 埋葬されるこの場所で棺の蓋が閉じると同時に墓地を出なければならないのがしきたりだ。

 だから、離れがたくて、少しでもこの時間を引き延ばしたくてわたしの足は動かない。


「さあ、行こう。

 この先の作業をしてくれる人に迷惑になる」


 促されたのに動かなかったわたしを不満に思ったのか、侯爵様の口調が強くなる。


 仕方なく、のろのろとその場を離れた。

 


「……今日は、ありがとう。

 忙しかったのに、ごめんなさい」


 墓地の門に着けられた馬車に乗り込むと、侯爵様にお礼を言う。


 多忙な侯爵様が子爵邸に姿を現したのはお父さまが息を引き取った翌日だった。


「妻の父上の葬儀だ。

 欠席するわけには行かないだろう」


 まるで義務のような言い方。


「ピアスはどうした? 

 まさかなくしたんじゃないだろうな? 」


 わたしの耳もとを覗き込んで訊いてくる。


「あ、えっと…… 

 喪服には非常識でしょ。

 赤い石は」


 耳たぶに手を置きながらこたえる。


 黒い石が常識の喪服にまさか赤い石なんてしたまま人前にはさすがに出られなかった。


「もちろん、普段はきちんとしているわ」


「そうか、ならばいい」


 そういいながら侯爵様の視線は窓の外へ向く。


 墓地のある郊外から馬車は市街へ入って来ていた。

 どこか気まずい沈黙が馬車の中に広がる。

 何故だか判らないけど、侯爵様はいまだかって真っ直ぐにわたしの顔を見てくれたことがない。

 もっとも顔を合わせるのが婚約式から数えて両手の指で余るって言うんじゃ、なんか夫婦だとも思えない。


 気を引き締めていないとあからさまにため息をついてしまいそうだ。

 とにかく二人っきりでいると間が持たない。

 今更ながらに、どうしてこんな男性と結婚したのかわからなくなりそう。


「……疲れてはいないか? 」


 窓の外に目を向けたまま侯爵様が突然口にした。


「え? ええ、まぁ…… 」


 葬儀の手配やもろもろはみんなオスティさんがしてくれたから、わたしがしたのは来てくれた人たちに挨拶して廻ったことくらいで、大した仕事なんてしていない。

 曖昧に答えると、侯爵様の表情が少しだけ緩んだようだ。


「今夜は早く休むといい」


 侯爵邸に滑り込んだ馬車が止ると、ねぎらいの言葉を掛けてくれる。


「わたしはまだ仕事があるから、このまま別邸に戻るが、大丈夫だな? 」


 迎えに出てきた家令さんが馬車のドアを開けると同時に言われる。


「わかりました。お休みなさい」


 頷いて馬車を降りた。

 

 

 一人部屋に戻ると、ため息とともにベッドに腰を降ろす。

 そのまま何をする気にもならずに暫く動けずにいた。


 何だろう? 

 まだ泣きたい気分なのに、もう涙の一滴も出てこない。

 それがなんだか無性に辛かった。


 燭台の上で小さな蝋燭の明りが揺れているのに気がついた時には部屋の中はすっかり暗くなっていた。

 何時の間にか書き物机の上に置かれていたトレーの上の食事はすっかり冷めていた。


 暖炉に火の入っていない部屋はとても寒くてわたしは軽く身震いすると自分の両肘を掻き抱く。

 のろのろと着替えを済ませ、ベッドに潜り込む。


 こんな時、一人はやっぱり淋しい。

 誰かに側にいて欲しいのに、その温もりを与えてくれる人は今誰もいない。

 こんな時、エジェだったらきっと側に寄り添っていてくれたかも知れないのに…… 

 侯爵様はそれどころか同じ建物に居ることすらしてくれない。


「エジェ…… 」


 不意に口からその名前がこぼれる。

 いけないってわかっているけど、それでも何故か止められない。

 さっきまで一緒だった侯爵様の顔は全く思い出せないのに、エジェの笑顔ばかりが浮かんでくる。

 滲んでくる涙を拭いながらわたしは眠りに引き込まれていった。

 

 

◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆

 

 

 書き物机の上から顔をあげ、わたしはペンを置く。

 目の奥がじんじんと痛みを発するのを覚え、今日もう数え切れないほど拭った目をまた拭う。


 最近なんだか疲れやすくなったような気がする。

 多分気のせいだけなんだろうけど。

 人間終日手紙をしたためるだけの作業、何日も続けたらそりゃ目だって痛くなる。


「あと、少しかなぁ」


 家令さんが届けてくれたリストの残りを見てわたしは大きく息を吐いた。

 はじめは結婚報告の手紙だけだった筈なのに、お父さまの葬儀のお礼状と遠方に住む縁戚の方々にお父さまの死亡を知らせる手紙が加わり、結局その数は倍になってしまっていた。

 それも、ようやく終わりそうだ。

 願わくば暫くこういった大きな出来事はないに越したことはない。


 そう願いながら封筒に封蝋を押す。


 幸い、この邸で夜会が行われることもなさそうだし、招待状やお礼状をしたためる機会はとうぶんなさそう。


 蝋のこげた匂いが部屋の中に広がった。

 窓の外からは今日も資材を運び込む荷馬車の音が響いてくる。

 その中に一つ、別の馬車の入ってくる音が混じっているのをわたしの耳が聞分けた。


 とは、言っても。

 誰かを待っていたわけでもなく、別に関係ないことだけど。


 家令さんが邸の中をうろつくのをあからさまに嫌がるものだから、部屋から出られず、楽しみといったら外の音を聞分けるくらいのことしかなくなってしまった。

 これじゃ家に馴染むも何もあったもんじゃない。

 自棄になってみるけど、当る相手もいないのよね。


 ……ほんと、こんなだったらテオの相手をしていた時の方がずっとマシだった。

 貴族の奥方の仕事って社交じゃないの? 

 少なくともお義姉さまはそうだった。

 多少体調が悪くても(お義姉さまの場合は仮病もあったけど)お兄様の出席する夜会には必ず一緒に行ったし、家で時々やっていたお茶会だって貴族の奥さん同士での情報交換がそもそもの目的だ。

 だけども、この家ではそんなの何にもない。


 子爵の家柄の我が家だってそこそこに社交の機会があったんだから、侯爵家ってもっと上の方との交流があるかと思ったんだけど、とんだ見当違いだった。

 もともと、世間との交流の少ない家なのか、それとも侯爵様が人嫌いの偏屈なのか、ここに嫁いで既に一月近くになるのに夜会の招待状一つ来ない。

 本当にただただ手紙を書きつづけるだけの毎日。

 でも、今はまだこの苦行のような作業に追われているからいいけど、これが終わってしまったら、わたしどうしたらいいのかな? 

 考えても退屈すぎて死んでしまいそうになっている様子しか思い浮かばない。

 思いあぐねて机に突っ伏すと、それを待っていたかのようにドアがノックされた。



※次話・「ホストの俺が……」9・10話

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