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4-6

 窓に向かって置かれた書き物机には眩しいほどの日が降り注いでいた。


 う~ん、やっぱり間違えだったかも知れない。


 侯爵様に言いつけられたお礼状をしたためるのに不便だからと運び込んでもらった机を、明り取りの関係で窓に面して置いてもらったんだけど、午後になると西日が強すぎる。


 わたしは眩しさと熱さに負け、ペンを置いた。


 かといって反対の方向だと今度は手元が暗くなりすぎる。


 室内の大きさの関係で、他の位置に机を置くのは無理。


 家令さんに頼んで他のお部屋使わせてもらおうかな? 


 なんて思いながら背伸びをする。

 手紙を書くのは嫌いじゃないけど、さすがに同じ文面の繰り返しじゃ飽きてきた。

 机と紙とインクを運び込んでもらってもう一週間。

 優に百通近くは書いたと思う。

 なのに家令さんが用意してくれたリストのまだ半分。

 まだこの作業を続けなくちゃいけないのかと思うとさすがにうんざりしてきた。


 お義姉さまはこういったもの、最初の文面だけは考えるけどあとはオスティさんに丸投げだったような気がする。

 ま、お家によって方針も違うし、お義姉さまのことだから手抜きをしていたのかも知れないし。

 これが、マリーニ侯爵家の奥方の仕事だって言われればやるしかないんだけど。


 立ち上がってもういちど背伸びをし、深呼吸する。

 その途端軽く眩暈を覚えた。

 少し根を詰めすぎたかもしれない。

 椅子の背もたれに手を掛け体制を整えなおして息を整える。


 そりゃ、そうよ。

 終日食事と寝ている時間意外手紙を書いていたんじゃ、背中も肩も張らないほうがおかしい。


「さてと、もう少し、頑張っちゃおう」


 呟いて座りなおし、もう一度ペンをとった。


 静まりかえった部屋の中に邸のそこここでやっている工事の音と職人さんの声がかすかに響いてくる。

 その音に混じって一つの足音が近付いてきた。

 使用人の教育が徹底しているのか、家主の留守の家にはろくに使用人もいないのかこの邸にきてからメイドや使用人の姿は見たことがない。

 食事もお茶もその他必要な物はみんな家令さんが運んでくれる。

 時間的に多分お茶かな? 


 トレーを持った家令さんにできるだけ迷惑をかけたくなくて、わたしは立ち上がる。

 部屋にノックの音が響くのと同時にドアを開けた。


「グリゼルタさん、お客様がお見えです」


 予想に反して手に何も持たない家令さんが言う。


「お客様? お約束はしてないわよ」


 わたしは首を傾げた。

 この家に来て数日、毎日お礼状を書くのに忙しすぎて誰もご招待なんてしてない。

 それに誰かから訪問の許可を請う手紙も来ていない。

 そもそも旦那様が留守なんだから、そんなもの来るわけがない。


「火急の用事だそうです。

 エントランスでお待ち頂いてますので、至急おいでになってください」


 少し困惑した顔で家令さんが言った。


 その言葉に押され、わたしは階下へ急ぐ。

 エントランスホールへ降りるステアケースの途中から、ホールの中央に立つ人物の金茶の髪が目に入った。

 

 エジェ? 

 

 見覚えのあるその髪の色に一瞬足が止まる。


 その気配に気がついたように金茶の頭髪の持ち主は顔をあげた。


「ジュスト伯爵様? 

 どうして…… 」


 反射的にその場から逃げ出したくなった。

 今更どんな顔をしていいのか判らない。

 用事があるのならわたしが対応しなくても家令さんから侯爵様に伝えてもらえばいい話だ。


「驚かせてすまないね。

 グリゼルタちゃん。

 私は今日魔術医としてきたんだ」


 わたしの表情から何かを読み取ったかのように伯爵様は呼びかけてくる。


「一緒に来てもらっていいかな? 

 君のお父さんが危篤なんだ」


「お父さまが? 」


 息が止まる。


「今、ジャネラ医師が診ているんだが、君に連絡をと言われてね。

 行けるかな? 」


 その問いに頷くとわたしは付いてきていた家令さんを振り返る。


「どうぞ、行って下さい。

 旦那様には私の方から知らせておきます」


 気の動転したわたしとは反対に至極冷静に頷いてくれる。


「じゃ、お願いね」


 震える口でそれだけ言うとわたしは真っ直ぐに伯爵様の前へ駆け出した。

 

 

「ね? どうして? 

 何時から? 

 わたしの結婚式の時にはお元気だったのよ? 

 何故、こんなに急に? 」


 普段よりスピードの上がった馬車の中でわたしは呟くように言う。


 唇から始まり全身に広がった震えが止らない。


「落ち着いて、グリゼルタちゃん」


「だって…… 」


 まさかこんなに早くお父さまの具合が悪くなるなんて思っていなかった。


「今だから言うけどね。

 ティツアーノ氏は君の結婚式の時にはもうかなり悪くなっていたみたいだ。

 式の翌日からほとんど目を覚まさない状態になっていたようだ」


「うそ…… 、そんなこと誰も…… 」


 知っていたらあの埃っぽい工事中の邸で手紙なんか書いていなかった。

 お義姉さまになんと言われても、お父さまについていたのに。


「皆、新婚の君に余計な気遣いはさせたくなかったんだよ」


「そんなのって、あんまりよ! 

 わたしのお父さまよ! 

 こんな時に側にいられない娘なんて…… 」


 言葉に詰まる。


「まぁ、子爵もまさかこんなに急に様態が悪くなるとは思わなかったから、君と侯爵が挨拶に来た時にでも話せばいいと思っていたんじゃないかな」


「あ…… 」


 そういえば、式からこっちお礼状を書くのに追われて一度も家に顔を出していなかった。

 それどころか侯爵様と顔を合わせていないこともあって、そんな話一つしていない。


「わたしの、せい? 」


「君のせいじゃないよ」


 ジュスト伯爵様はなだめるように言ってくれる。


 そうこうしているうちに馬車がスピードを落す。


 子供の頃から見慣れた庭の光景を目にわたしはまだ止りきっていない馬車から飛び降りた。

 そのまま足を止めずにエントランスのドアを開いて邸の中に駆け込んだ。

 

 足を踏み入れたホールは異常なほど静まり返っていた。

 侯爵様の館と違いこの家ではいつもそこここから人の気配がしていた。

 オスティさんが指示を出す声。

 メイド達が部屋を整える音、時々交わされる言葉。

 バックヤードの半地下のキッチンから響くクックの罵声。

 テオとルイーザのはしゃぐ声。

 あちこちから響く些細な音が全て消えうせている。

 嫌な予感が脳裏をよぎった。

 

 オスティさんが出てくるのを待たずにわたしは二階奥のお父さまの寝室へ急ぐ。


 中央階段を上り寝室へ繋がる廊下へ出ると、お父さまの部屋の前に二人のメイドが立ち尽くしているのが目に入った。


 視線を落とし居たたまれない顔をした二人にわたしの姿は目に入っていないみたいだった。

 わたしは足早にその二人の前を通り抜けて寝室のドアを開けた。


「お嬢様っ」


 ベッドの枕もとを離れ窓際でジャネラ医師とお兄様と話をしていたオスティさんの視線がこっちに向くと、ゆっくりと頭を下げられた。


「やっ…… 」


 それが何を意味しているのかがなんとなく判る。

 慌ててベッドに駆け寄り中を覗き込む。

 血の気の引いた白いお父さまの顔がそこにあった。

 結ばれた口からはもう吐息が失われている。


「お、と…… さま」


 呼びたいのに何かが喉に引っかかって声が出てこない。


 代わりに視界が滲んだ。


「少し、遅うございました。

 ついさっき…… 

 最後までお嬢様のお名前を呼んでおりました」


 今まで一度も聞いたことのないオスティさんの涙声がどこか遠くで聞えた。


「やだ、お父さま! どうして? 

 ね、どうしてよ? 」


 冷たくなったお父さまの胸にすがり声をあげる。

 そのまま、顔をあげずに泣きじゃくった。

 

 


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