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4-5

  

「これで終了! かな? 」


 綺麗に埃を拭った部屋の中を見渡し、わたしは額に薄らと浮かんだ汗をぬぐう。


 結局掃除用具が届いたのは翌日だった。

 埃っぽいベッドで一晩過す羽目になったせいか、まだ喉が少しいがらっぽい。

 目いっぱい狭い部屋は半日で充分に片付いた。

 時間が余って、窓まで磨きあげちゃったわよ。

 それでもまだ昼食までには少し時間がある。


「ついでだから、廊下のお掃除もしちゃおうかな? 」


 本当にお掃除手抜きしているみたいで、朝になっても誰も掃除に来た様子はない。


 いくら自分のお部屋だけ綺麗にしたってそこに続いている廊下が汚かったら、出入りするだけで埃を持ち込んですぐに汚くなる。


 それは我慢できないから、してもらえないんだら自分でやってしまおうと言う話。


 桶を片手にドアを出て掃除をはじめると同時に家令さんがバックヤードから荷物を抱えて出てきた。


「グリゼルタさん、何をなさっているんですか? 」


 思いっきり不機嫌な表情で訊いてくる。


「何って、お掃除。

 何もすることがないからお手伝いしようかなって」


「やめて下さい。

 そのようなことは使用人の仕事です。

 仮にもあなたがやられたなどと旦那様に知れたら、私たちが叱られます」


 強い口調で言われる。


「全く、使用人の真似をするなど子爵家ではどんな教育をなさっていたのか。

 これだから、め…… 」


 ついで厄介ごとのように言う言葉を途中で呑みこんだ。


「言ったはずです。

 必要最低限お部屋から出ないで下さいと。

 お早くお戻りください。

 今食事をお持ちしますから」


 わたしの手から桶を取り上げ家令さんは部屋に押し込んだ。


 


 手を洗って水を始末して、運んできてくれる筈の食事を待ちながらわたしはベッドに腰掛ける。


 汚れの原因になるから本当はベッドになんか座りたくないんだけど、椅子もないこの部屋じゃ仕方がない。


「午後から、どうしよう」


 今まで常時テオと一緒だったから退屈している心配なんてなかった。

 むしろ手紙一通書く時間を捻出するのにさえ苦労したのに、一人この部屋に押し込められてどう時間を使ったらいいのかわからない。


「まさか家に戻ってテオの面倒見るってわけにも、ね」


 一人呟いてみる。


 恐らく今日は一人で放って置かれているテオ自身は喜んでくれるかもしれないけど、お義姉さまは『ここはもうあなたの家じゃない』とかってあからさまに迷惑な顔をするはず。


 かといって今までやりたいけどできなかった、伯爵様の家にお邪魔するのももう無理。

 エジェと伯爵様には合わせる顔もない。


 この先どうしたらいいんだろう。


 ため息をこぼしながら考えていると突然ドアがノックされる。


「はい、待って。

 今開けますから」


 恐らく食事を運んできてくれた家令さんだろうと推測してわたしは立ち上がりドアへむかう。


 手が塞がっている家令さんの負担を考えてドアを開けると、侯爵様が立っていた。


「えっと、昨日は…… 」


 なんて言っていいのかわからない。


 お疲れ様でもないし、ご苦労様も違うし。

 眠れましたか? 

 ……も変? 


「その、ありがとうございました」


 とりあえず思いついた妙な言葉を引っ張り出す。


「昨日の指輪だが」


 挨拶もそこそこに侯爵様は話をはじめる。


「はい? 」


「職人が多忙で、サイズ直しに暫く時間が掛かるそうだ」


「はぁ? 」


 突然指輪の話をされても、なんて返していいのかわからない。

 そもそも、あのサイズ違いの指輪のことなんてわたしの頭の中からすっかり消え去っていた。


「それで、その間の埋め合わせと言うか、なんだが…… 」


 侯爵様はポケットの中から小さな箱を取り出した。


「これを一つづつ、ということにしようと思う」


 言いながら差し出されたのはピアス。

 六面体にカットされた真っ赤な石が一粒だけの何の細工もないシンプルなものなんだけど、炎色の光沢を放っている今までみたことのない宝石。


「不思議な石…… 」


「小さいがめったに手に入らない珍しいものだ、マリッジリングの代わり丁度良いかと思ってね」


 言いながら侯爵様は片方をわたしに差し出す。


「ありがとう」


 取り立てて断る理由もなかったからお礼を言って、わたしはそれを受け取ると、自分の耳に着けた。


「もう片方は私が持っていることにするよ」


 侯爵様は片方を箱に残したまま自分のポケットにしまい込む。

 

 ……なんか、意外。


 エジェだったら、こういう女の子受けすることさらりとやってのけるんだろうけど、まさかこの侯爵様がして下さるなんて思ってもみなかった。

 

「なにか? 」


 ぼんやりと考えていると、それが不思議とばかりに訊かれた。


「ううん、なんでもない」


 わたしは慌てて首を横に振る。


 まさか元婚約者のこと考えていたなんて、いくら政略結婚で義理になった旦那様でも言えるわけがない。


「それと、お前のドレス、今までどこで作っていた? 

 新しいドレスも必要になると思うが、好みとかがあったら言いなさい」


「どこでって…… 」


 言ってもいいものかとわたしは口篭もる。 


「言って貰わなければ困る」


 侯爵様が眉を顰めた。


「わからないの。

 ボールガウンはみんな贈り物だし、デイドレスはみんなお譲りだったから。

 多分、ボールガウンの方は街一番のタイユールのお店で、デイドレスの方は中央広場に面したクチュリエールも併設したお店だとは思うんだけど、自分で足を運んでいないから、お店の名前までよくわからないの」


 侯爵様のあからさまな表情を申し訳なく思いながら、お義姉さまの今までの行動を思い出して言う。


「作っていただけるのならわたしはどこでも構わないわ」


「なるほどな。

 それで、もし自分の好み優先でドレスを作るとしたら、何色のどんな雰囲気の物がいい? 」


「ん~んと」


 今までそんな経験したことがないから、どういえばいいか判らないけど、曖昧な返事をしたらまた侯爵様の機嫌が傾きそう。


「場合によって着ていける色が決まってしまうから、どんなってこだわりはないけど。

 強いて言うなら黄色だけは絶対作らないかな? 

 致命的に似合わないんだものわたしには。

 ほら、全身黄色尽くめみたいになっちゃうでしょ? 」


 黄色の髪に象牙色の肌にはとにかく映りが悪い。

 加えてこの青い目ときたら、目だけが浮かび上がって酷いことになる。

 自分でもその惨めさは充分承知していた。


 この件についてはお義姉さまがピンク好きで良かったと思う。

 お陰で普段着に黄色を着なくて済んだ。


「雰囲気は落ち着きがある甘めかな。

 まだ奥様に納まって数年経つ方みたいな落ち着いたドレスは早いだろうし、でもデビュタント済ませたばかりの女の子みたいな可愛いだけのドレスじゃ品がなく見られそうだし」


 言われるままに適当に言ってみる。


「そうか、わかった。

 では、それで何枚か作るように仕立て屋に発注を出しておこう」


「あの、わたし、は? 行かなくていいの? 」


 お義姉さまは新しいドレスを作る時、必ずデザインや生地の打ち合わせや仮縫いにと出かけていた。


「いや、いい。

 サイズさえわかっていれば仕立て屋に任せていいだろう。

 それよりお前にはやることがあるだろう? 

 式に参列してもらえなかった縁の方々に送る報告とお礼状の執筆は済ませたのか? 

 この邸の女主になったお前の仕事だ」


「わかってます」


 わたしは小さく頷く。


 小さな頃からお母様や、お義姉さまがやっているのを散々見ている。

 もっともお義姉さまは半分以上使用人に任せているみたいだけど。


「それと…… 」


 侯爵様は突然今まで空けていた距離を詰めると、わたしの手首を乱暴に握って引き寄せる。

 全く予期していなかった行為にバランスを崩しよろめいた躯をベッドに鎮められた。

 言葉なく、骨ばった武骨な手が乱暴にわたしのドレスの胸元を肌蹴ていく。

 

 やだっ…… 

 怖い! 

 

 思いもかけないことにわたしの躯が強張った。

 

「拒む、か? 」


 侯爵様が呟く。

 

 そう、だった。

 結婚したからにはこういった行為もあるわけで。

 拒否するなんて問題外。


 ……なんだけど。

 

 なんだろう、エジェの時と全然違う。


 正直、エジェ以外になんて触れられたくない。

 触れられた肌が粟立つ。

 

「拒んでも無駄だ。

 私の物になったからには、その印を刻んでおかねば、な」


 脅すように言うと、ドレスの下に滑り込んだ手が下着を暴いて行く。


 圧し掛かられ、四肢を強引に押さえつけられて動くことさえできない。


「嫌っ、痛っ…… 」


 まだ綻んでもいない躯に強引に押し入られ、その痛みに涙がこぼれる。

 思いやりも何にもなくて、意思のない人形を抱くような行為。

 それを自覚して身を竦める。

 

 抵抗することもできなくてわたしはただただ、時がすぎるのを願うしかなかった。

 

 それでも程なくわたしの躯は開放される。


「仕事には明日からでもかかれ、書き物机と必要なものは用意させる」


 乱れた衣服を整え、それだけ言うとベッドの中で動けずにいるわたしに振り返りもせずに出て行った。

 昨日の様子から考えても、多分もう今日は何か別の用事がない限り戻っては来ないだろう。

 あからさまにそう思わせる態度。

 

 ……まるで義理で抱いてやったのだから感謝しろとでも言いたそうなほどのそっけない行為だった。

 男の姿がドアの向こうへ消えるのを待って、わたしはのろのろと躯を起こす。


 なんだろう? 

 行為自体はごく僅かな時間だったはずなのに、随分疲れたような気がする。


 これ以上ないほどのだるさを感じながら、床に散らかった衣服を拾い集めた。




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