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「とりあえず、こちらのお部屋をお使いください。
当屋敷は今回のご婚礼を機にただいま改装中でございます。
もろもろの事情で工事が遅れまして、使えるお部屋が今ここしか空いておりませんので、ご辛抱くださいませ」
「あの、旦那様は? 」
空いている部屋がここしかないということはもしかしてこの狭いベッドを二人で使うことになるのかと、恐る恐る訊いてみる。
「旦那様は工事が終わるまでは別邸にお泊りです。
生活空間で使用人の姿が目に入るのを殊のほかお嫌いになる方ですから。工事の職人も例外ではございません。
奥様にはこの邸での生活に一日でも早く馴染んでいただきたいとのことで、こちらにお部屋をご用意しました」
「そう? ありがと」
「後ほど、お夕食はお運びいたします。
それまでお休みくださいませ」
言うだけ言うと家令さんは一礼して出て行ってしまった。
「どうりでね…… 」
ドアが閉まると同時にわたしはため息を付きながらベッドに腰を降ろす。
家令さん以外の使用人が姿を現さないのも、邸の中全体がざわついているのも納得がいった。
使用人と同じ空気を吸いたくないみたいな神経質な貴族がいるのは、前にそう言ったお邸にお勤めしていたって言うメイドから聞いたことがある。
あの侯爵様、少し神経質そうだったしそれだって頷ける話だ。
それにしても新妻一人残して自分だけ別邸どまりって、どうよ?
やっぱりわからない。
とにかく今日一日でわからないことだらけだ。
「それにしても、汚いわね」
広くはない室内を見渡してわたしは呟く。
工事のせいで立つ埃がドアの隙間から忍び込んでくるのだろう。
廊下もそうだったけど、部屋の中のチェストの上も窓の桟も埃だらけだ。
きっと主が留守にしているのをいいことに使用人が掃除をサボっているのだろう。
主の前に姿を見せてはいけないルールがあるのならそれを言い訳に手抜きができる。
ある意味、主が居ても居なくても休みたい放題だ。
きっと工事前から使っていない部屋は掃除なんかしていないんだろうな。
奥様も子供もいなかったであろう邸にこの部屋は不必要だから尚更。
食事は運んでくれるって言っていたってことは、ここで夕食を摂れってことよね?
こんな埃だらけの部屋で物を食べるなんて考えたくない。
とりあえず、侯爵様もいないし何もすることはないし……
「まずはお掃除、かな? 」
考えながらわたしは腰を上げる。
使用人がやってくれないんだったら自分でやればいいだけの話。
これまでだってそうしてきたんだからできない事なんかない。
「問題は、道具よね…… 」
ドアを開けると長い廊下を見渡す。
どこかにバックヤードに下がる階段へ通じるドアがあるはず。
普通は壁に窶してあるか、お部屋のドアと同じ物になっている。
この邸のこと何にも知らないから、壁に窶してあるほうはわかりやすいけど、お部屋と同じドアだと少し厄介かな。
一つずつ全部開けてみないと、どれがバックヤードの入り口かわからない。
そう思って廊下に出て目を凝らすと、不意に目の前のドアが開いた。
「グリゼルタさん、何をなさっているのですか? 」
家令さんが食事の乗ったトレーを片手に目を見開いた。
「バックヤードにご挨拶にいこうと思って。
ついでにお掃除の道具を借りたいなぁ、って」
本当は反対で道具を借りるのが目的なんだけど。
「使用人に挨拶など結構です。
道具は必要ならお持ちします。
その前に何かご不満でも? 」
家令さんはわたしのその行動が気に入らないと言いたそうに軽く睨んできた。
「ううん、暇だから。
自分の身の回りくらい自分で片付けようと…… 」
まさか使用人の手抜き掃除が気に入らないから自分でやりますなんて、いってこの先臍を曲げられたりしたらこの先の主従関係困るから、適当に言い繕う。
「そう言うことでしたら、後ほどお持ちいたします。
主人は家の者を使用人が見ることも嫌いますので、くれぐれもバックヤードへはお降りになりませんように」
……やっぱりこの家、無茶苦茶変ってる。
主が使用人の顔見たくないって言うくらいだから、邸の規模の割に使用人の数少ないのかも知れないけど。
使用人に姿をみられたくないってどういうこと?
お掃除とかベッドメイキングとかならともかく、着替えとか食事の給仕とか使用人に姿を見られないとしてもらえないこともたくさんあるはずなのに。
「早いところ、お部屋にお戻り下さい。
どうしても必要時以外はお部屋からおでになりませんように」
家令さんは身振りでわたしを部屋に押しやった。
「ね? 侯爵様は? 」
持ってきた食事をトレーごとベッドの上に置く家令さんにわたしは訊いた。
トレーの上に載っている食事はどう見ても一人分。
狭い部屋にはテーブル一つないから床に置かれるよりはマシなんだろうけど、さすがにこれじゃ食欲も何もあったもんじゃない。
しかも初日から一人で食べろってどういうこと?
「先ほども申し上げましたと思いますが、主人は別邸にいらっしゃいます。
お食事もそちらでなされることかと」
お茶を淹れてくれながら家令さんは言う。
「では、ごゆっくり。
お済みになりました食器はそのままにしておいてください。
後ほど引きに参りますから」
どうしてもバックヤードに降りてきてもらいたくないのだろう。
言い置いて家令さんは部屋を出て行った。
ため息をつきながらベッドに置かれたトレーにそっと目を向ける。
ローストしたお肉の切れ端が数枚とそれに添えられた生野菜がちょっと。バターの添えられたパンと、湯気の上がっていないスープ。
正直ちょっと、ショボイ。
そうご馳走を求めているわけじゃないけど、これじゃ子供部屋でテオと食べていたのとほぼ同じ。
侯爵家の晩餐にしたら、相当ケチ、いや倹約家?
ま、いいや。
ベッドの脇に腰掛けてトレーを膝に載せた。
うん、見た目と量はしょぼいけど、食材はいいものを使っているみたいで味はそれほど悪くはない。
パンだってふわふわの焼き立てだし、少し冷めたスープはいただけないけど、一人ぶんを温めるのが面倒だったのかな? って感じだし。
問題は、この状態かな。
小さくてもいいからテーブルと椅子は欲しい。
明日お願いしてみよう。
食事を終え、暫く待ってみたけど、家令さんはトレーを下げに来る様子はない。
仕方なく、空になったトレーを抱えて立ち上がる。
家令さんはそのままでいいって言ったけど、ベッドの上に置きっぱなしじゃ寝られないし、さすがに床に置くのも気が引ける。おまけに埃だらけときたら絶対却下。
廊下へ足を踏み出すと、さっき家令さんが出てきたドアへ向かう。
主不在の家でお掃除だってろくにしてなきゃ、他のお部屋に用事なんかないはずだから、多分ここがバックヤードへの通路。
施錠されていないドアを開けると、真っ暗な空間が広がっていた。
僅かな明りに上下に繋がる階段が浮かび上がる。
キッチンから上がってきたと思われる料理の匂いがかすかにする冷たい空気が頬を撫でる。
間違いなくこの階下がバックヤードかな?
「えっと…… 」
なんて声を掛けようか戸惑っていると、階下のドアが開く音が響いた。
同時に誰かが階段を上ってくる足音がする。
誰だか知らないけど、この際誰でもいいや。
家令さんのあの様子だとバックヤードに降りて行ったらいい顔されなさそうだから、この誰かに預けちゃえ。
そう思って足音が寄ってくるのを少し待つ。
程なく、階段を上りきって家令さんの姿が現れた。
「いかが、しました?
こちらへの挨拶は不要だと申した筈です」
わたしの姿を見つけると、案の定家令さんは思いっきり不機嫌そうに言う。
「挨拶に出向いたんじゃないわよ。
これ。床に置くわけに行かないから持ってきただけよ」
わたしは持ってきたトレーを家令さんに押し付けた。
「言われたとおりバックヤードには降りていないから構わないでしょう。
料理人においしかったって伝えてね」
それだけ言ってわたしは家令さんの鼻先でドアを閉める。
言いつけどおり、ここから先へは足を踏み入れるつもりはないって意思表示も込めて。




